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2006年7月18日
内閣総理大臣 小泉純一郎 殿
イラク陸上自衛隊撤収に関する公開質問状
特定非営利活動法人 日本国際ボランティアセンター
6月20日、日本政府はイラク南部サマーワ地域における陸上自衛隊の部隊を撤収させることを決定し、7月17日最終部隊がクウェートに到着したことで2004年1月からの約2年半にわたる活動を終了しました。
政府は、撤収理由として、
1)イラク人自身による政府が立ち上がったこと
2)地域の治安の権限がイラクの新政府に移譲されたこと
3)復興支援活動が一定の役割を果たし活動目的を達成したと判断したことを挙げています。
日本政府がイラクに自衛隊を派遣することを決定した際、私たちは、イラクの現場で活動してきた国際協力NGOとして、日本政府がすべきことは「イラクの「復興」を正しい軌道に乗せること」ではないかと疑問を呈させて頂きました。この重要な政策判断を検討する上で、考慮すべき事は、イラクに派遣される自衛隊が復興支援活動を行える「能力」があるかではなく、現場の状況に照らしてイラクの人々が最も必要としていること、すなわち治安を回復しながらイラク人が主体となって日常の経済生活を取り戻すという目的を達成するために、陸上自衛隊が「適切なアクター」であるかどうかが問われるべきではないかと訴えました。私たちは、今でもその疑問が解消できずにいます。
政府自身が認識しているように、今回の派遣は、多額の資金を使い、また日本の国際社会への平和貢献のあり方を大きく転換させるほどの重大な事例です。陸上自衛隊の撤収、すなわち「復興支援活動」の終了に際しては、当該住民のみならず、日本の納税者に対して、今回の「派遣」の事後評価を果たすことが、民主的で透明性のある政府として当然行うべき説明責任行為ではないかと考えています。できましたら、公開討論会、あるいはタウン・ミーティングという形で、市民・援助関係者など多様なステークホルダーと対話を行う場を設けて頂けないでしょうか。そして、今回の自衛隊部隊の撤収を機に、ぜひとも政府から自衛隊派遣がイラクに及ぼした影響や効果を評価し、公開して頂きたいと思います。
加えて、25年以上にわたって国際協力活動を行ってきたNGOとして、そのような評価を行うに際しては
1)「復興支援」活動自体の評価
2)紛争予防・平和構築に関する政府の理念及びビジョン
3)今後のイラク支援のあり方、の三つの観点から行って頂きたいと思います。 そして、その評価を政府内部だけで行うのではなく、イラク人や関係NGO、納税者の意識など、何からの影響を受けるすべてのステークホルダーから意見を聞き、包括的な評価として頂きたいと思います。以下に、評価項目として含めるべき項目を質問の形式で提示させて頂きましたので、評価の際の一助にして頂ければ幸いです。よろしく、お願い申し上げます。
1.「復興支援」としての評価
1)「復興支援」という言葉の定義に関して
今回の自衛隊派遣が、そもそも「復興支援」を行うことを一義的な目的としていたのかどうかが疑問に思われます。派遣の理由もさることながら、今回の撤収に関しても理由として挙げられているのはイラク新政府が立ち上がったこと、そして新政府に治安の権限が移譲されたことです。「復興支援」は、基本的に人々のニーズに人道の観点から応えるものです。すなわち、人々のニーズが満たされたのかどうかが基本的な終了の基準とならなければいけません。言い換えれば、そのような観点から支援をしていたのでなければ、それを「復興支援」と言うべきではありません。それによって「復興支援」というものの定義を変更しなければならなくなります。この点についてどのように政府はお考えでしょうか?
2)「支援」のインパクトについて
今回、ムサンナー県における自衛隊の活動は、医療、給水、学校・道路建設等公共施設の改修など多岐にわたりましたが、この2年半の活動でこれら分野のニーズがどの程度、満たされたのでしょうか?また、どのようなニーズが残っているのでしょうか?そうした状況の中で、日本はなぜこの時期に「終了するに値する」と判断したのでしょうか、その判断根拠を明らかにして下さい。
さらに、インパクトには人権や環境に対する負の側面もあり、昨今、企業、NGO、政府などあらゆる組織が同じ環境や人権に対する配慮ガイドラインを用いるべきとの議論が国際社会で高まっています。この観点から、自衛隊による「復興支援」活動において、どのようなガイドラインを用いたのか教えてください(例えば、JICAやJBICのガイドラインの援用するなど)。
3)「支援」の効率性について
多様かつ膨大にニーズの中で、費用対効果を含め、効率的な支援が求められることは明らかです。今回、撤収するに当たって、機材費や人件費も含めて全ての投入量はいくらで、それに比してどのような効果を得られたのか、情報を公開して下さい。そして、その効率性を日本政府はどのような基準に基づいて適正であると考えるのかについて説明をして頂きたいと思います。安全にかけるコストに制限はないという考え方も一方であります。しかし、際限無しというわけにはいきません。今回、安全に対して投入した量がいくらで、それは適正な配分であったのかどうか、きちんとした説明が必要です。
4)「支援」の持続性について
今回の撤収は、サマーワ地域の全ての「復興支援」ニーズが満たされたことを意味しているわけではありません。今後もイラク人自身の手によって暮らしを維持していかなければなりません。今回、撤収の理由が、治安権限がイラク政府に移譲されたことになっていますが、それは持続性の観点からどのような意味をもつのでしょうか?撤収に当たって、「支援」の効果の持続性はどのように確保されるとお考えでしょうか?軍隊による「復興支援」は、短期主義とも言える弊害が伴う危険性があることは、既に欧米では様々な事例があり(例、ルワンダにおける英国軍支援による病院)、慎重な配慮が必要であると議論されています。「ODAに引き継ぐ」という一般的な説明ではなく、当該地域で持続性確保のために具体的に何を行ったのか教えてください。
5)「支援」の妥当性について
今回の自衛隊による「復興支援」は、どのような観点から妥当であったと判断されているのでしょうか?治安に問題があるから自衛隊にしかできないということならば、サマーワ地域以外では、自衛隊でなくともODA(無償資金協力や有償資金協力)による支援を行っていることと矛盾はないのでしょうか?なぜ、サマーワだけ自衛隊でなければならなかったのでしょうか?相手(イラク)から要請があったからという「地域の選択性」ではなく、「復興支援」を行うものの主体的な判断としての「非代替性」と「適格性」の二つの観点から説明を御願いします。加えて、今回の撤収にあたって、その「非代替性」と「適格性」がどのように変化したため撤収という結論に至ったのか、その判断基準についての説明も御願い致します。
6)透明性及び第三者評価について
上記の「復興支援」に対する評価は、政府による自己評価だけでなく、客観性をもたせるために第三者の評価、特にステークホルダーによる評価が必要です。陸上自衛隊が撤収するに値する程に治安確保ができる状況が整ったのであれば、援助関係者やNGOなどの民間人を含めた構成で評価ミッションを派遣し、評価報告書を国会に提出すべきと考えますが、如何でしょうか?
2.紛争予防・平和構築に関する政府のビジョンについて
紛争後の復興支援を行う際にも、再発を防ぐ紛争予防の視点やビジョンを持つことが重要であることは言うまでもないことです。その意味で、復興支援は、紛争予防との間で一貫性ある理念と原則の下で取り組まれなければなりません。従って、自衛隊派遣による「復興支援」を行う際にも、イラクにおける紛争予防、特に悪化する治安状況に対する視点を含めた包括的なイラク問題解決のビジョンが日本政府にも求められます。イラク全体の紛争予防や治安回復に対するビジョンがない中で、復興支援だけ行っても問題の根本的解決にはなりません。また、サマーワ地域だけを考えれば良いのではなく、ましてや自衛隊だけが安全であれば良いという考え方は、国際社会に受け入れられるものではありません。その観点から、イラク全体で治安が悪化し、「戦争状況」にも等しい現在の状況に対して、その主たる原因はどこにあるとお考えでしょうか?自衛隊も含めた外国軍の「介入」が、イラクの治安状況の悪化や紛争助長を招かなかったのか、しっかりとした分析が必要です。
昨年9月の国連総会で採択された成果文書において「保護する責任(Responsibility to protect)」という考え方が盛り込まれ(第138項)、今後、国際社会は『大量殺戮、戦争犯罪、民族浄化および人道に対する犯罪』から人びとを保護する責任を持つべきであるとの言及がありました。イラクの事例は、この問題を先取りしているのかも知れません。しかし、この議論において、責任を果たす手段としての軍の派遣はあくまでも「最後の手段」であるべきとされています。つまり、「非代替性」の議論が重要なのです。昨年1月、「ハイレベル委員会報告書に関する国連総会非公式審議における大島国連常駐代表ステートメント」の中でも、大島代表は日本は「人間の安全保障」を国際の平和と安全を築く上での中核概念であるとした上で、次のように述べています
「人間の安全保障」の考え方に立つアプローチとは、何よりも先ず非軍事的手段を通じた紛争の根源における問題の解決のための措置を重視し、それによって、その問題が軍事介入を要する本格的な紛争に発展することを防ぎ又はその可能性を少なくするものです。
この言葉には、日本の平和構築に対する包括的な理念やビジョンが含まれていると思います。新設された国連平和構築委員会のメンバー国になった日本として、こうしたステートメントと実際の行動基準や規範の間に齟齬があることは望ましくありません。日本が今後、平和構築や紛争予防で国際社会の中でどのような役割を果たそうと考えているのか、その観点から、イラクにおける日本の対応、特に自衛隊派遣は適切であったのかどうか、改めて分析し、評価すべきだと考えます。
3.今後のイラク支援について
小泉首相は、撤収に際しての談話の中で、今後の支援のあり方としてPRTへの参加について言及しています。これまでも、日本政府は、「車の両輪」という言い方で、自衛隊とODAの一体的な支援を行ってきました。しかし、自衛隊という「軍」による支援とODAという文民による支援が「一体」となることに対して、十分な考察・検討が行われたわけではありません。少なくとも、日本の市民に対して、明確な説明はありませんでした。「軍」が復興支援活動を行うことの問題点のみならず、「軍」が文民と協力・連携して活動を行うことについてはまだ議論途中であり、具体的な問題事例も報告されています。PRTの効果や問題点について、日本政府はどのように認識しているか教えてください。そして、現在のイラクの現状を踏まえて、なぜPRTが有効な手段であると判断し、日本がどのような形で参加する可能性があると判断されたのか、根拠を教えてください。また、既に具体的な支援内容を検討中であるならば、その内容も教えてください。
以上のように、自衛隊による「復興支援」には、様々な論点があり、まだまだ議論が必要です。上記のような問題点の整理と明確な説明がない限り、自衛隊による「復興支援」が安易に正当化されるべきではないと考えます。ましてや、詳細な事後評価もないままに、「派遣した」という事実だけをもって国際平和協力に関する恒久法を策定することは、それを合理的な政策判断として国内外の理解を得ることは困難でしょう。自衛隊撤収を機に、イラクへの自衛隊派遣という政策判断の正否も含めて、改めて派遣の意味と効果をしっかりと検証し、国会等の公開の場で議論を行って頂きますようお願い申し上げます。
以上
(特活)日本国際ボランティアセンター
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