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2009年1月8日
日本国際ボランティアセンター(JVC)エルサレム事務所代表
小林和香子
イスラエルによるガザ軍事侵攻を問う
◇許しがたい軍事侵攻
イスラエルが12月27日に開始したガザ大規模空爆と1月3日からの地上侵攻は、ガザの人々に想像を絶する被害をもたらしています。1月7日の時点で、パレスチナ人の犠牲者は700人に迫り、3,000人が負傷したとされています。家を破壊されたり、難を逃れた避難民数も1万5千人以上とされます。彼らが避難所にしていた国連UNRWA学校も攻撃の対象になりました。全体の被害者の四分の一は女性と子供が占めるとされています。イスラエル人も11人が犠牲になっています。これだけ多くの人々が犠牲になる軍事侵攻は、いかなる理由があっても許しがたく、即刻停止されるべきです。
ガザに暮らす150万人の8割が1948年の戦争で難民になり、今はイスラエルとなった地を追われました。多くは、ガザからロケットが到達する、アシュケロンやアシュドッドとなった地域を追われました。彼らの多くは今でもガザにある難民キャンプに暮らしています。ガザは1967年からイスラエルに占領され、今に至ります。開発が否定され、イスラエルに仕事、流通、物資などに依存してきました。2000年のアル・アクサ・インティファーダ以降、イスラエルへの出稼ぎに制限がかかり、ガザでは失業が増え、経済も悪化しました。JVCはガザの子供達の栄養状態の悪化を憂慮し、2002年に試験的に、2003年には本格的に幼稚園児を対象とした、栄養改善プロジェクトを開始しました。2005年にイスラエルはガザ内の入植地と軍事基地から撤退しましたが、ガザの全ての検問所の管理、空域、海域の管理を続けていて、そこを出入りするには、イスラエルの許可が必要です。今回の侵攻以前から、ガザの人々の7割以上が国際支援に依存していると言われてきました。
このような中、今回の攻撃は、直接的な被害はもちろん、医薬品や医療品不足で負傷者や病人が治療を受けられない、食糧の配布が出来ないなどという状態が続き、国連も「人道危機」と警鐘をならしています。国際法上、イスラエルは占領国として、ガザの人々の生活を保証する義務があり、現在の人道危機は何としても回避されなければなりません。
◇守られなかったタハディーヤ(平静―一時的停戦)
しかし、このような人道危機的状況は、今回の侵攻で始まったのではありません。私達現地で活動する国際NGOは、ガザの人々が長期にわたりおかれてきた困難を見てきました。仕事もない、食料も自給できない、水も電気も燃料も、生活のありとあらゆる部分を管理され、自らの生活と将来を自分達で決めるどころか、国際社会の支援とイスラエルの管理に依存しなければならない「人としての尊厳」を奪われる生活を見てきました。
2006年にハマスが評議会選挙に勝利してからイスラエルはガザの「閉鎖」を開始しました。2000年から課せられた制限がさらに厳しくなったのです。イスラエルへの出稼ぎはもちろん、物資の出入りもほぼ不可能な状態になりました。JVCは2006年から、栄養失調児を対象とした、栄養センターへの緊急支援を開始しました。そして、2007年6月にハマスがガザの治安拠点を武力で制圧してから、決定的な「封鎖」が敷かれました。イスラエルは「最低限」の人道支援のみの搬入を許可するとしました。その中では、調理用ガスや電気、水道や、汚水処理施設の維持に必要な部品などの搬入は著しく難しい状態でした。汚水処理施設の不足と機能低下から、汚水が路上に溢れ、地中海に放出しなければならない状態がつづいています。安全な水のための塩素や、子供達の教科書を印刷する紙も不足しています。2008年2月に、現地で活動する国際NGOは、国連やカルテットを通して、イスラエル政府に、食料・医薬品に加え、医療や水と衛生の維持に必要な資材や修復に必要な部品も人道支援物資に含むよう申し入れました。2008年5月にも国連やカルテットや各国政府にイスラエルに対して人道支援物資と人道支援に関わるスタッフの自由なガザへの出入りを許可するよう要請を依頼しました。
2008年6月19日にイスラエル政府とガザのハマス政権が結んだタハディーヤを私達は歓迎しました。タハディーヤはハマスに対して武力行使の停止、イスラエル政府によるガザの封鎖の緩和を約束したものでした。ガザの武装勢力からのロケット発射はほぼ抑えられましたが、私達はタハディーヤの間も、ガザでの人たちが電気不足、水不足、調理用ガス、車の燃料不足の中で困難な生活を強いられる様子を見てきました。私達が支援するガザの栄養センターは、停電の中、僅かな燃料を惜しみながら、1日数時間、発電機を使い、栄養失調の子供達に栄養食を提供してきました。栄養失調児のための食材もガザでなかなか見つからず、価格も高騰し続けるという、困難にも直面してきました。私達は人々が通勤や通学のためにガソリンではなく、使用済み調理用油で走るタクシーやロバに引かれた車に乗るところを見てきました。そんな中でもガザの人は、「今のタクシーは魚を揚げた油を使ってる」とか「あれはファラッフェル(ひよこ豆のコロッケ)を揚げた油ね」と、笑って教えてくれました。いつ電気と水が来るわからない中、洗濯機に洗濯物を詰めてスイッチをONにしたままで、洗濯機が動き出すと、「水が来た」といって大急ぎでシャワーを浴びていました。蝋燭の灯りのもとで夕食の準備し食事を取り、「ロマンチックでしょ」などと笑って、困難を乗り越えようとしてきました。その蝋燭も品薄で、10月には蝋燭を持ってガザに入りました。
追い討ちをかけたのは、11月4日のイスラエル地上軍によるガザ侵攻です。ガザの武装勢力はロケット弾で対応を始めました。ガザに通じるエレツ検問所も閉鎖され、私たち現地で活動する国際NGOも、外国人報道関係者も入れなくなりました。あらゆる国際NGOの活動が困難になりました。JVCがガザで幼稚園に配布している牛乳やミルクも搬入できなくなり、備蓄も底をつきました。私たち人道支援に携わる国際NGOは、12月8日に国連や各国政府に対して、イスラエルに人道支援に関わる国際NGOスタッフのエレツ検問所の通過を求めるよう要請したものの、今日まで検問所は固く閉まったままです。
私達は、あらゆる暴力を非難します。しかし、今回のイスラエルによるガザ軍事侵攻とガザからのロケット発射の背景を見逃してはなりません。私達は、停戦が結ばれることを望みます。そして、双方が条件を守り、ガザの人々の人道危機の回避はもちろん、尊厳のある生活が守られ、また、イスラエルの人々が日々の脅威から開放されるよう見届けなければなりません。それが和平への第一歩だと考えます。
以上
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