第11期インターン(2008年度)の記事一覧
11月を少し過ぎた頃から稲刈りシーズンが始まりました。僕もカオデーン農園(中間報告のため一時的に滞在していた時)や派遣先で稲刈りに参加しました。
11月9日から11月15日の日程で、中間報告会がありました。各インターンの派遣先でそれぞれの気持ちを派遣先の家族に伝えたり、逆にインターンへの感想を聞いたり、カオデーン農園にて課題(9月上旬に与えられました)の成果発表や、タイでの生活の感想・報告などを行いました。
宮田さんのライバル私にはライバルがいます。12才の男の子です。ニックネームはデブ。私が名づけました。私が現在お世話になっているカセームさん宅に、親戚の子・デブが来たのは私がホームステイする3ヶ月前のことです。彼は父親を癌で亡くし、母親は働いていますがあまり家に居ないので教育上よくないということでカセームさん宅に住むことになりました。元々はコラート(ナコンラチャシマー県)生まれの都会っ子で、毎日食っちゃ寝をして太っていったそうです。タイ語では、「ミー」というかわいらしいニックネームがついています。
都会っ子なので、農業なんて全くしたことがなく、私がカセームさん宅に滞在する始めの頃は、私と同じくらいあまり何もできませんでした。しかしながら、マユリーお母さんのかなりの厳しい指導でみるみるうちに何でもできるようになりました。牛の世話、稲刈り、トラクターも動かすことができます。更には、もち米を蒸すのはもちろんのこと、洗濯(手洗い)、掃除、皿洗いと、遊び盛りの年頃ですが、休日はカセームお父さんの仕事を手伝うなど、あなどれない12才です。
11月9日から3日間、中間報告会と過程訪問が行われました。忙しいスケジュールの中、JVC代表の谷山さんと、トヨタ財団の方が来てくださり、私がこれまでタイでお世話になっている農家のホームステイ先の家族の紹介や有機農業をしている田んぼや畑、月曜の朝市を見ていただきました。
タイのおばちゃんも心配する東北タイでの働きっぷりある日、近所のおばちゃんが私の顔を心配そうに覗き込んで言いました。「あらぁ、かわいそうに。眉毛が半分しかないわ」
またまたある日、いつも食べに行くソムタム屋(パパイヤサラダ)のおばちゃんが「眉毛が変よ!!誰がやったの?ちょっとしかないわ」
稲刈りをする東北タイの農民 先日、オークパンサー(出安吾)が行われ、いよいよ稲刈りの季節到来です。6,7月に田植えをしてから、もう稲刈りです。私がタイに着てから半年が経とうとしています。時が経つのが早く感じ始めました。このインターンシップ・プログラムの折り返し地点、少し焦りを感じ始めている頃でしょうか。
JVC代表の谷山が金森くんの派遣先を訪問。お父さん(左)と悩む金森くん(奥の赤いTシャツ)タイには、当然のことですが、日本での生活スタイルや考え方などとは色々違うタイ独自のものがあります。僕はこのタイ独自のものを「タイ式」と呼んでいて、このタイ式にあわせようと努めています。もちろん、うまくあわせられるものもあれば、うまくあわせられないものもあります。特に、「どうしてそうなんだ?」と理解できない、というか納得いかないというか、そういうものにはなかなかあわせられません。うまく表現できませんが、違和感のようなものを抱きます。きっと僕がこれまで生きてきた過程で作ってきた「日本式」が僕の中にあって、それと拮抗しているからかもしれません。それでも、昔デーンさんに「日本式を捨てなければタイ式は入ってこない」と言われたことを思い出し、また「ここはタイだし、タイ人の家庭だし、郷に入りては郷に従えというし」と考えてなんとか日本式は捨てようとしています。なんというか、「日本式を固持するのはあきらめよう」と思うようにしています。
その後のタイ語 金森史明
派遣先家族のお母さんと金森くんタイに来てから5ヶ月が過ぎました。毎回同じことを言っていますが、やっぱりタイ語はさっぱりです。「ご飯食べた?」とか「どこに行くの?」とか、数字はわかるようになりましたが、それ以外、特に長い文章になるとさっぱりです。決して勉強していないわけではないのですが・・・。
イサーンの昔
コンケン県ポン市の朝市で売子のお手伝いをしている9月11日から10月4日まで、ノンウェンソークプラ区ノンウェンコート村のスラポン先生(小学校の校長先生)の家にお世話になりました。仕事が忙しいスラポン先生ですが、時間がある時は私に昔のイサーンの話を聞かせてくれます。
逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ!
タイに来てから4ヶ月、ここカラシン県に派遣されてから2ヶ月が過ぎました。僕のタイ語は相変わらずイマイチです。決して勉強していないわけではありませんが、勉強方法が悪いのか、勉強時間が足りていないのか、センスに欠けているのか、ひょっとするとこれらの全部が原因なのか、タイ語が使えません。ここではタイ語が使えなくても何とかなっている(本当に周りの人たちのおかげです)ので、それに甘えているのが一番の問題なのかもしれません。実際、スタディツアーのときには、しゃべれなくて困りました。