\n"; ?> JVC - 環境と自分 - タイの農村で学ぶ日々

環境と自分

11期インターン 金森 史明
2008年12月 9日 更新
JVC代表の谷山が金森くんの派遣先を訪問。お父さん(左)と悩む金森くん(奥の赤いTシャツ)JVC代表の谷山が金森くんの派遣先を訪問。お父さん(左)と悩む金森くん(奥の赤いTシャツ)

タイには、当然のことですが、日本での生活スタイルや考え方などとは色々違うタイ独自のものがあります。僕はこのタイ独自のものを「タイ式」と呼んでいて、このタイ式にあわせようと努めています。もちろん、うまくあわせられるものもあれば、うまくあわせられないものもあります。特に、「どうしてそうなんだ?」と理解できない、というか納得いかないというか、そういうものにはなかなかあわせられません。うまく表現できませんが、違和感のようなものを抱きます。きっと僕がこれまで生きてきた過程で作ってきた「日本式」が僕の中にあって、それと拮抗しているからかもしれません。それでも、昔デーンさんに「日本式を捨てなければタイ式は入ってこない」と言われたことを思い出し、また「ここはタイだし、タイ人の家庭だし、郷に入りては郷に従えというし」と考えてなんとか日本式は捨てようとしています。なんというか、「日本式を固持するのはあきらめよう」と思うようにしています。

そうすると違和感はなくなり、タイ式にあわせられ、気持ちも楽になります。ですが、同時に違和感以外の感覚もなくなっていることに最近気がつきました。好奇心や興味を持つこともない。楽しくも苦しくもない。なんというか、「なんかどうでもいいや」という気持ちになっていました。イライラすることもなく楽ではありますが、なんともいえない虚しさ・退屈さがそこにはあります。そして、僕にはこれがよいものとはとても思えないのです。

よく考えてみれば、上記の感じはタイに来てからのものというわけではなく、日本にいたときにも持っていた気がします。ひょっとすると僕が日本式だと思っていたものは日本式でも(もちろんタイ式でも)ない、「オレ式」なのかもしれません。このことに思い至り、もしかすると、僕がタイに来ようと思ったきっかけのひとつがこの違和感と退屈にあるのかもしれないと思うようになりました。この違和感と退屈さをなんとかしたくて、日本から逃れようとしたのかもしれません。しかし、タイに来てみても、日本式はないけれどもタイ式があって、違和感と退屈はなくなりませんでしたし、変わりもしませんでした。

このことに気がついたとき、同時に「別のどこかへ行けば状況はよくなるということはない」ということにも気がつきました。別のどこかとはつまるところ、違う環境というということであり、環境とは国、地域、職場、学校、家庭、家族・友人・恋人・同僚といった人間関係、時代など自分をとりまく全てであります。そして、思うに、状況とは環境と同じようなものに見え、状況は環境によって作られるモノと捉えられがちですが、実はそうではなく「状況は自分によるもの、自分が生み出しているもの、自分と一緒にくっついてくるもの」ではないでしょうか。この前提の上に立てば、状況を改善しようと思うのであれば、環境を変えようとするのではなく、その状況を生み出している自分自身を変えなければならないということに気がつきました。

とはいっても、現状は自分を変えることはうまくできておらず、どうしたらうまくいくのかも皆目見当もつきません。でも、この環境を変えることなく、違和感も退屈も生み出すこともなく、「オレ式」でいける方法を習得できれば、どこに行っても環境にあわせて自分に無理なく柔軟に対応してやっていけるはずです。これは、今後僕が生きていくうえで必須のものだと思いますので、難しいことですが、色々と試行錯誤を繰り返しています。


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