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タイ・ラトリーさん(31歳・女性)
プロフィール
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■津波に被災、多くの家屋が破壊された
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ラトリーさんは、美しい海が自慢のパンガー県ナムケム村で暮らしていました。
彼女の集落は炭鉱で働くために移り住んで来た人々によってできました。炭鉱労働が下火になってからは、住民は漁業や商売、ゴム農園や観光地での日雇いなどで生計を立てています。ラトリーさんも集落内で商店を営んでいました。土地の所有権は持っていませんが、皆ずっとこの土地に住んできました。
迫られる立ち退き
この集落の住民は、数年前から建設企業に立ち退きを迫られていました。この集落の美しい自然と、「住民が土地所有権をもっていない」ことに目を付けられ、外国人観光客用のリゾートホテルの建設が計画されていたのです。
そんな中、津波がこの集落を襲いました。集落の住宅のほとんどが津波に飲み込まれました。ラトリーさんはこの時集落の外にいたのですが、集落にいた彼女の娘は行方不明になってしまいました。
ほとんどの住宅が崩壊したのを機に、立ち退きを迫る企業はこの集落の土地所有権を大々的に主張し、住民が集落へ入ることを禁止しました。ラトリーさんは娘の捜索ができず、後に遺体となった娘と対面したのです。
また集落の住民は、津波直後から2ヶ月ほど、食糧・毛布などの支援も十分に受けられませんでした。タイ政府がこの企業を強力に支持しているため、行政から支援が届かなかったのです。
この問題の背景には、外国人観光客をリゾート地に誘致して経済的な利益を上げることを、周囲の住民の生活よりも優先させる社会のあり方の問題があり、また、リゾート以外の周囲の社会に無関心な外国人観光客のあり方にも問題があるでしょう。この問題は、日本社会の私たちとは無縁だと言い切れません。
問題の解決に向けて
ラトリーさんは集落の人たちと共に行動を始めました。「国家人権委員会」に調査を申し入れ、タイ政府に対しても要求書を提出しました。いくつかの支援団体や国内の大学生のサポートを得て、住宅再建も進んでいます。
この集落の住民は津波で家を失ったことをきっかけに、自立的で安定した生計手段について考えはじめました。今後の土地所有権獲得と同時に、持続的な漁業や農業にも力を入れていきたいと話しています。それには長い年月が必要です。「でも自分たちの自由な生活を取り戻すために、できることは何でもやってみるよ」と、ラトリーさんは語っています。
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