ラオススタッフ徒然日記
なにやら家で儲かる内職をしているらしいというので見に行く事にしました。
それはコオロギの養殖です。45日周期で年に8回収穫できます。ラオス人はコオロギが大好きなのでよく売れるとのこと。農作物栽培に比べスペースもわずかで良く、餌代も安く、年に8回も収穫できるスピードで回転できる、となれば魅力的な商売になりそうです。
日本でもかつて55種類もの昆虫食が食されていたそうですが、ラオスでは現在でも昆虫はよく食されている食べ物です。コオロギを始め、昆虫はたんぱく質が豊富な上、ビタミン・ミネラル分も多く栄養価が高いので良質な食材と言えます。FAOも注目の、増え続ける人口をまかなう、次世代の食材になるかもしれません。 その時はラオスが世界の"先進国"になるかもしれませんね。
市場はその場所の生活を知るのに最適な場所です。現地の人が何を食べているのか、何を育てているのか(何が育つのか)をうかがい知ることができます。
今は雨の降り始めで、蛙と筍が旬です。
ラオス語には"カエル"に当たる言葉が三種類あり、「ウーン」というカエルは雨季始まりの雨上がりにしか採れません。このため、雨の降った後の晩は皆カエル採りに出かけていきます。SRIのビデオ上映を夜に開催した際、その日にちょうど雨が降ったため多くの村人がカエル採りに出かけてしまい参加者が少なかった事がありました。
研修ひとつやるにも食生活に密接した生活パターンも把握する必要があります。
これ何だか分かりますか? 米を精米するための立臼です。
日本でもすっかり減り古民具と化していますが、対象郡のアサポン郡でも、かつて女性が毎朝お米を精米するのにこの立臼と杵が使われていたのが、数年前から精米機が普及し、何キロか行けばどこかしらの精米所があるという状況に変わり、村人によるとこの村では近年はほとんど使われなくなったそうです。
少し前までは、お米を臼でつく音で目が覚めたそうです。村に行くとよく家の下に転がっています。ある時は腰掛イスになっています。あるいは、何かを砕いたり、潰したりするのに使っているのかもしれません。今回はJVCのラタン発芽研修でラタンの種を潰すのに使われ活躍しました。
つなぎ目のない一本の木からできており、木材として売られてしまう事もある中、違う形でも使われてよかったです。でもラタンではなく、今度一度精米に使われているところを見てみたいです。
この写真の文字が見えますか?41度です。
ラオスの季節は6~11月頃の雨季と12~5月頃の乾季からなり、乾季の中でも3~5月が暑季と呼ばれています。ちょうど暑さ真っ盛りの4月に赴任し、5月の今も連日猛暑が続いています。フィールドに行くと外でのミーティングや作業なので水分摂取が重要です。
6月には雨が降って涼しくなるとのこと、早く6月が来てほしいです。
今では都市部では高床式住居がなくなりつつありますが、村ではほとんどの住居は高床式です。木材だけの家、竹を編みこんでいる家、屋根も竹の家、高さが高い家・低い家など色々あります。最近はトタン屋根やコンクリートの家も増えてきましたが。
高床式住居ではネズミや虫の侵入、大雨で洪水になり床上浸水になるのを防ぐ役割があります。それだけではなく、私が面白いと感じるのは、居住空間の下にある地上の空間です。
これがとても便利で、必ず竹や木で編んだベッドのようなものとハンモックがあり、他には家庭により様々な物の置き場になっています。日中の暑い時間、村人はこのベッドやハンモックで休憩します。ここは私たちが行う研修の会場にもなっています。また、人間だけでなく動物の住処にもなっており、犬、猫、豚、ヤギ、鶏などが自由にうろうろしています。
また、最近は全国的にかなり減っていると聞きますが、家の下の空間は「機織り」の場でもあります。昔は機織の上手な女性がモテたそうです。技術的なことだけでなく手の混んだ織をすることができるのは、時間のある裕福な家庭の証でもありました。対象村の中にもわずかですが機織機の残っている村があり、訪問した時に織っている女性がいました。今は自分用に織る人は減り、特にサワナケートなどの町の人にとって「シン」は買うものとなり、値段もどんどん上がっていますが、"自分のシンの柄を自分で織る"、この技術が各家庭に残っていってほしいな、と機織する姿を眺めながら思いました。
ラオス人は森に生きる人々です。きのこ、山菜、筍、カエル、昆虫などあらゆる"おかず"を森から得て生きています。村に行くとスタッフも血が騒ぐのか食べ物を見つけると収集し始めます。
この日も村の中を歩いていると急にどこからか長い棒を見つけてきて、あっという間に木から果物の実をゲットしていました。
私も味見してみましたがとても酸っぱい。栽培用に品種改良がされていない自然の恵みは野生的な味がします。私たちの舌は自然の味から切り離されたものに囲まれ、改良を重ねられた農産物や加工品の味に慣れてしまっているので、おいしいとは言い難い味でしたが、シンプルな自然の味でした。
ラオスでは4月に新年を迎えます。仏歴を使っているため日本とはカレンダーがかなり違います。ラオスだけでなくお隣のタイ、カンボジア、ミャンマーもやはりこの時期に新年を迎えます。「あけましておめでとう」は「ピーマイラオ」といい、「ピー」は"年"、「マイ」は"新"の意味です。
「マイ」と言えば、私の名前と同じです。私はラオス語で「新しい」という意味なので「新しい人」ということで覚えてもらいやすいです。
さて、新年と言えば何をするのかと言うと"水掛け"をし皆で飲食をして祝います。ピーマイは別名「水掛祭り」とも称されます。昨年の悪いことを洗い流し、新年を迎える、という訳です。寺院では仏像にお水をかけています。また、家族でお祝いする際は、子供は両親の前にひざま付き、水をそっと両親の手にかけます。すると両親は祝福の手で頭をなでます。
ここまでは神聖な儀式のようですが、本番はこれから。
今日は対象村の中で最もアクセスの厳しいピン郡ナトゥ村というところに来ました。事務所のあるサワナケートから180kmあり、最後の30kmは悪路でたった30km行くのに車で2時間近くかかりました。その部分は雨季には道が洪水状態となり不通となって行く事ができません。このアクセスの悪さから他の援助団体も入っておらず、JVCが来ると喜ばれました。そういった背景もあり、住民の結束力が高くやる気の高い村です。
灌漑設備がなく、稲作は天水頼りの年に一度だけの一期作で、収穫したお米がなくなると翌年の収穫まで食べる分のお米がなくなってしまいます。これまではお米が足りなくなると、森に入って山菜、昆虫、動物などを採ってそれを米と交換したり、市場で売ってそのお金で米を購入したり、あるいは高利息で借金をしてお米を購入していました。森のめぐみは支えでもありますが、一方で森に行ったり町に行ったりしなければならず、稲作の忙しい時期に労働力が取られ、また次の年も収量が低いという悪循環を引き起こしていました。また、利息が高いためその返済に追われ暮らしが楽になりません。
そこで、米を村の中で低利息で借りられる仕組みが米銀行です。米銀行は「銀行」と名が付くように、米を「供与」するものではありません。
米銀行の仕組みを説明すると村人はがぜんやる気で、あっという間に米倉が完成しました。そして今日は雨季が始まる前に原資となる15トンもの米を運びにいったのです。
大型トラックで運べる所まで運んだ後は、手押しトラクターに荷台をつけた小型トラクターに乗り換えて運びます。私たちが大型トラクターで合流地点に着くと20台以上のトラクターが騒然と並んでおり気持ちが高ぶりました。
今日は共に活動する政府のカウンターパート機関である農林局の郡事務所に3ヶ月に一度の報告に行きました。私は着任早々だったので挨拶を兼ね自己紹介をしました。
カウンターパートの理解を得ながら技術・知識を身につけてもらい、私たちが去った後も事業が続いていくようフィールドに行くときは必ず政府の行政官と一緒に行っています。
報告が遅くなりましたが4月1日よりラオス・サバナケットに着任しました渡久山舞(とくやま・まい)です。
私は農業・農村開発事業を担当し、稲作改善(SRI)、米銀行、ラタンの普及、家畜銀行、井戸掘削が内容になります。
農業研修で自給用/販売用農産物の生産を向上させ、米銀行や家畜銀行といったグループ活動でリスクに備え、また摂取した食料が確実に栄養となるよう衛生的な水へのアクセスを支援することで、総合的に食料の確保を目指しています。
まずは村人の生活をよく観察し、何を考え何をどのように使いどのような動きをしているのかを知り、現地に合った形で生活改善に貢献できるような活動をラオス人スタッフと共に作っていきたです。年齢層もバラバラですが、意見を出し合い、皆で協力して活動が行えるようにしていきたいと思います。
宜しくお願い致します。