タイの農村で学ぶ日々
1ヶ月間お世話になったカオデーン農園での生活が終わりました。
カオデーン農園ではご飯は当番制で、火を起こすところから始まり、農作業もタイ語もほぼ初めてのことばかりでしたが、どれも新鮮で楽しく、農園から眺める朝日や、緑を眺めながら食べるご飯はとても贅沢で幸せな気分になりました。
日本にいる時は、時計の示す時間にとらわれてばかりであまり時の流れを意識することはなかったのですが、カオデーン農園では太陽の動きとともに一日が進んでいきます。
食べることが好きです。ここカオデーン農園でも毎日のようにご飯をおかわりしています。美味しいものを食べている時間は私の至福のひとときです。にも関わらず私は今までの人生で自分が食べてきたものが、どこで生まれどのような処理を経て目の前の料理や食材として存在しているのかを考えたことすら、ほとんどありませんでした。それがこのプログラムの参加を決めた理由の一つでもあるのですが、カオデーン農園にいると本当にたくさんの命を感じいただくことができます。
タイでのプログラムが始まり約3週間が経ちました。この3週間カオデーン農園では、日本の都心部では経験できない自然との共存をしてきました。また、時に農園を離れて、様々な地域で活動するNGOスタッフや農業関係の方にも話を伺うことが出来ました。今回はその訪問先、朝市とランドフィル(ゴミ集積場)で感じたことを書こうと思います。
タイの研修所となっているカオデーン農園では毎朝、ブタとアヒルに餌を与えて午前中にタイ語を学び、午後に農作業をしています。
カオデーン農園に来てからは、鍬で耕し野菜を植えたり、鉈でバナナの木を切ったりと日々新しい経験を積んでいます。来てから一週間で手のひらにマメが出来ました。
タイの研修所となっているカオデーン農園では毎朝、ブタとアヒルに餌を与えて午前中にタイ語を学び、午後に農作業をしています。
農作業で特に印象に残っているのが稲刈りと脱穀です。時期的に田植えから関わることは残念ながら出来なかったのですが、稲刈りと脱穀を経験しました。
初の稲刈りは0.5ライ(800平方メートル)を手作業で刈り取りました。タイの稲は日本の稲と違い、背丈が1m近くもあります。タイの稲刈りに使う鎌はクエスチョンマーク「?」のかたちをしていて、鎌を稲に引っ掛け、引き寄せて刈り取ります。
台風一過、すばらしい晴天に恵まれた10月1日、「タイの農村で学ぶインターンシッププログラム」13期生の3名が日本を出発しました。9月末の東京研修、千葉・成田の農家での農業実習の期間を3名で過ごし、さらに意識が高まったようです。
「タイに行ったら○○しよう」などとお互いの目標や約束事を決めたりして、清々しい表情で出かけて行きました。
2011年8月末から始まった「タイの農村で学ぶインターンシッププログラム」は2012年3月末、12期生6名が終了した。
インターンの経験は人生の岐路になる。それほど自分自身を、生き方を、根本から見つめ直す強烈な体験をする。それは、その後の人生を大きく左右する。熱く、濃い気持ちを体験していない方にも共有したい。インターン生が様々な思い、決意を抱き帰国をして一ヶ月経過した最終報告から抜粋して掲載する。
前回のブログの続きである。高桑君の前回のブログ記事はこちらから!
もし、開発・援助をしたいのならどういうことを考えるべきであるのか、などである。しかし、今回はそれを残りの二人(同じくランドフィルに滞在体験をする佐藤さんと中村君)に譲り、今や僕の代名詞ともなった「自然」についてつづろうと思う。いや、さすがに代名詞は言い過ぎかもしれない。キーワードに訂正しておこう。
2月23,24日、ぼくらインターン生は「在タイビルマ人への支援活動」に学ぶ、という貴重な機会を得た。以下、そのスタディーツアーのレポートである。
ビルマ/ミャンマーからやってきた人々の現状
ビルマ/ミャンマーからタイに、仕事を求めてやってくる人は多い。今タイに来ているビルマ人は200万人以上、400万人に及ぶとも言われている。そしてその数は、増え続けている。その増え方は1日あたり約300人にも及ぶという。
それは、とてつもない数字に思えた。タイに来たビルマ/ミャンマー人は、主にゴム農園、エビ養殖場、建設業に従事する。仕事をしに来た彼らの状況は、決して良くはない。安い労働力、代えはいくらでもきく労働者として、雇用されている状況を知った。
タイ東北部コンケン県の中心地から車で30分。そこにランドフィル(ゴミ処理場)はある。そこでは約60世帯、200人くらいの人が、ゴミの中からリサイクル品を探し、それを売って生活している。そこで1ヶ月半一緒に過ごした事は、何よりもいい体験であった。このブログに書ききれないほどの事をそこで学んだ。猪田さん(同じくインターン生)は、ランドフィルでの一日は、他の場所(での学び)の一年にも相当するなんて事を言っていたけれど、それはランドフィルに限ったことではないと思う。何も考えず機械の様に過ごす一日と、一瞬を真剣に生き、常に学ぼうとしている人の一日はその重さが違う。他のインターン生もそれぞれ貴重な一日を過ごしているのだと思う。僕のランドフィルで考えたことの一部を紹介しよう。
高校の頃からずっと、発展途上国で苦しんでいる人たちに何かしたいと思ってきた。そのための手段として、大学では乾燥地農業の専攻を選んだ。でも今、実際にタイに来て、現地の農民の人たちと暮らす中で私は自分自身の思いあがりに気づいてきた。