8月5,6日、JVCラオス現地スタッフ、東京スタッフの方々とプロジェクト地の村に同行させていただきました。「ラオスは昔のイサーンだよ。あんな暮らしが懐かしい」と、以前JVCタイのスタディーツアーでラオスへ行ったことのあるポン郡無農薬直売市場の方が言っていたのがとても印象に残っており、一回はラオスの村へ行ってみたいと思っていました。
タイ側ムクダハーン県からメコン河をはさんでラオス サワンナケート県があります。ビエンチャンに次ぐラオス第二の都市といわれているそうです。市内から車で1時間半程度、前日の雨でぬかるんだ赤土の道路を走っていきました。
車で走っていくとイサーンの景色と全く違うことに驚きました。舗装された道路、一面に広がる田圃、キャッサバ、サトウキビ・・・というのがイサーンの一般的な風景ですが、ラオスでは木々が茂る森が広がり、その間に開墾して田を作っていました。しかし、イサーンと同じ風景になり始めている場所も見られました。
ラオスのインフラ整備は郡が行うそうです。県から予算が下りてくると道路や電気が通ります。今回訪問させていただいた村は三つですが、その中で電気が通っていた村は一村でした。もちろん水道はなく、地下水を汲み上げる井戸を生活用水、飲料水として使用していました。
ラオスの家屋、村の様子ラオスは少数民族が多い国ですが、今回の村も少数民族の村でした。彼らの文化、言語、習慣を守り続けていかなければならないと考える人々がいる一方、若い世代は少数民族に対する偏見からラオス人化を望む傾向が強いそうです。20,30代の人々は村に住んでいますが、ビエンチャンやタイのバンコクへ出稼ぎに行く人々も増えています。都市での生活に慣れてしまうと村には帰ってこなくなり、都市に永住するようになる人も多いそうです。言語があまり違わないタイへは働きに行きやすいというのも要因の一つでしょう。ただお金を稼ぐだけではなく、バンコクという巨大都市にラオスの村の人々、文化、アイデンティティーが飲み込まれていくように感じます。それはタイの農村部も日本でも同じです。
ラオスの伝統的な行事も残っていますそんなラオスの村でJVCラオスの方々は、村内で起こっている問題を調査し、どういう方法で解決していくかを村人と一緒に考えています。
(後編へ続く)