カオデーン農園では玄米を食べる際は自分たちで精米します。村の精米所では玄米に精米できないからです。今回はデーンさんが外出中であったため、一人で精米作業を行いました。籾を精米機で挽いて籾殻と精米できた玄米を分ける作業。どちらも相当な体力を要します。それも一日中です。まるで高校の頃やっていた部活のよう...。
「精米機をまわす宮田さん」精米所に持っていってお金を払えばこんな苦労はしなくてもよいのですが、おいしい玄米を食べるために汗を流し精米に励みました。「百姓は何でも出来なくてはならない」のですが私がこの精米方法を習得したとしても何の意味があるのでしょうか。どこか他の場所で、日本に帰国して役に立つのでしょうか。きっと役に立たないでしょう。では何で私はカオデーン農園で精米をしているのか...。
3月に日本に帰国した際、熊本の農業研修所を訪ねました。そこでは小さなトラクターが一台あるのみで、あとは全て手作業で農業を行います。もちろん精米も昔使われていた精米機を使って自分たちで精米していました。その農家の方が「外に売らない屑米は自分たちで食べている。米の中に混じった小石や籾殻を一つひとつ手で取ること、その作業こそがお米のありがたみが本当に分かる作業なんだよ。」と言っていたのを思い出しました。豚肉のありがたみは豚を絞める時に、お米のありがたみはお米を精米する時にわかるのだと思います。
大変な精米作業を当然のように行っていた昔の人を尊敬するとともに農作業一つ一つに意味があることを改めて考えさせられた一日でした。