
2004/6/18〜7/1 於:ギャラリー日比谷(東京)
・
この絵画展には多くの方にお越しいただき、たくさんの暖かい感想をいただきました。ご紹介します。
イラクの子どもたちが描いた絵に囲まれながら、日本で数少ないアラブ伝統の弦楽器ウードの奏者である常味裕司さんの演奏を聴き、さらに日本人でも接することの少ない伝統的な江戸糸操り人形を上條充さんの奥深い芸で味わうという得難い機会に恵まれた。わたしだけの経験にしておいてはもったいないので少し紹介しておきたい。
絵画展初日の6月18日夕に出かけた東京・日比谷のギャラリー日比谷の小さな画廊のフロアは、初日のイベントだった常味さんと上條さんの公演も見に来た観客の熱気もあって汗が吹き出るように暑かった。こりゃあかなわないと思いかけたとき、「みなさんすみません。でもイラクの暑さはこんなもんではないですよ。」という主催団体日本国際ボランティアセンター(JVC)・中東チームのスタッフ佐藤真紀さんの言葉に苦笑いしつつ思わず身を正したわたしであった。
こどもたちのことをもっと知ろう
佐藤さんは97年から中東のイスラエルとパレスチナの紛争にもまれる人々の救援活動に取り組むなかで、とくに紛争のしわ寄せをもろに受ける子どもたちの姿に強くひかれたという。子どもたちを憎しみや悲しみの呪縛から少しでも解き放つにはどうしたらよいのか。それを考えることは国境を超えた大人の責任ではないか。子どもたちのことをもっと知らなくてはならない。日本にも伝えなくてはならない。活動を進めるうちそんな思いに駆られていったそうだ。
JVCの活動を通じてパレスチナに子どもたちのための小さな図書館をつくった。「平和図書館」という名前は子どもたちが憎しみや悲しみを超えて平和の担い手になるよう育ってほしいという思いを込めてある。そして日本の子どもたちとの交流で思い立ったのが絵の交換だ。互いの自画像や自分が好きなこと、将来はどんなことをしているかなどをテーマに双方の子どもが絵を描いて交換しあう。子どもたちを少しでも絶望の淵からすくい上げ忘れかけていた希望を再びよみがえらせたいと願ってのことという。
だが、そうこうするうち2002年に入って米国によるイラク攻撃が現実味を帯びだす。佐藤さんが以前から関心のあったところだ。イラクについて知りたい。とくに子どもたちの様子を知りたい。まもなく活動の拠点を移した。そこでも子どもの救援活動に取り組むかたわら日本との間で子どもたちの絵の交換を進めていった。
こうして開戦をはさんでかれこれ2年。今なお、いつなにがおきるかわからない緊迫の続くイラク。たまった絵をこのまま放置しておいては子どもたちの気持ちが生かされない。描いてもらった責任が果たせない。もっともっと多くの人に見てもらおう。佐藤さんのそんな思いに共感したギャラリーのオーナーの協力も得て絵画展が実現したのだった。
白血病の苦しみが続く
絵の背後に子どもたちの姿が見え隠れする。爆撃や砲撃で傷を負った子どもたちがいる。白血病に苦しむ子どもたちがいる。貧困の家々の子、ストリートチルドレンもいる。それぞれの絵が静かに、だが確実にわたしたちに何かを迫ってくる。
手前勝手な戦争を始めて日常の生活をずたずたにしてしたおとなたちへのやり場のない思いはどんなものか。元凶となった自国の独裁者の末路はどう映っているか。子どもたちの心の内へ、さだかでない思いをあれこれめぐらすうち、はるか離れた日本の地でなにもできずに悶々とする自分自身への負い目やらいらだちもないまぜになって、いいようのない重苦しい気持ちがこみあげてくる。
バグダッドの少女サファアは5年前に白血病におかされたが、いまは元気だという。だが、ラナは日本の少女と握手をする絵を描いて1週間後に死んだという。やはり白血病だった。
「ラナちゃんが亡くなったと聞いたときショックでした。生きていたら会えたかもしれないのに」 「ラナちゃんはあれからなにもできなかったんだね。もし薬があったらなおっていたかもしれない。もし戦争がなかった、劣化ウランがなかったら、たくさんの人がまだ生きていたかもしれない」 「ラナちゃんはわたしの絵を写してくれたり、絵のなかであくしゅしてくれた。わたしはその絵を見たとき、こう思った。絵で世界中のこどもたちと心が通じて語り合えるんだって」 これはラナと絵を交換した日本の少女の感想である。
ひととおり絵を見たあとで聴いたウードの調べは切々と響いた。常味さんはたまたま買ったレコードで聞いたイラクのウードの調べに惹かれて当初イラク行きをめざしたが湾岸戦争のあおりで実現しなかった。そこでチュニジアでウードの奏法をはじめとするアラブ音楽を本格的に学んだという。
「ウードはアラビアンナイトにも出てくる古い楽器。もともとはペルシャの楽器だが、東へ伝わって琵琶となり、西へ伝わったのがアラブのウード、ヨーロッパでリュートとなりマンドリンやギターもその流れにある」「ウードの弦は11本。たとえばドからレの間が9段階に分かれている。非常に微妙で独特の音程だ。そういう繊細なものが音楽で表現される。アラブの文化はすばらしい。イラクも本当にすばらしい」 汗だくになって弾く合間の話も興味深かいものだった。
一方の上條さんは10本を超す糸と道具で人形を文字通り巧みに操る。祭りの帰りの男が呑みすぎて酔いつぶれお囃子とともに踊り出す「酔いどれ」、カタカタという獅子の口の響きも絶妙な「獅子舞」などを披露した。日本文化を紹介しようと国際交流にも力を入れており3年前にはイスラエル、パレスチナで公演をしたこともある。
「弦と糸のアラベスク」の公演も
「日本の文化を見せたいと人形を操るとこどもたちが人形といっしょになって踊り出すんです。それを見て、ああ、こどもの感性は世界共通なんだ、おとなたちの義務としてこいう子どもたちをちゃんと育てなくてはならないんじゃないかと強く感じた」「佐藤さんがイラクのこどもと交流して大変な思いをしているのを知って、自分もかかわることにしたんです。いまや日本のこどもも大変あぶない状況にある。世界でこどたたちがいろんなあぶない状況に置かれている。これを機にいろんなことを考え行動につながればよいと思う」と汗をぬぐいながら控えめに話した。
佐藤さんは言う。「イラクをもっと見てほしい。戦争だけでなくこどものことも文化のことも。それを見ないと平和を語れないのではないか」と。
常味さんと上條さんが共演する「イラクの子どもために」ー弦と糸のアラベスクーは2004年7月3日(土)19時から、地下鉄日比谷線神谷駅から徒歩1分の光明寺で。問い合わせはJVC 03-3834-2388、アーユス仏教国際協力ネットワーク03-3820-5831へ。
(元朝日新聞論説委員 大和修)
|