ヤソトン県に滞在し村人の田畑を訪問するようになってから、ヤソトン県は僕がこれまでいたムクダハン県やガラシン県に比べると田畑がとっても乾燥していて水がない状況を目の当たりにしてきました。村の人たちも「水がない」と言うことが多く、僕も「いかに水を確保するか」ということを考えるようになりました。
乾季の田んぼの風景あるとき、村の人の田畑に池がたくさんあり、その中のひとつが田よりも高いところにあり、田に水が流せるようになっていました(といってもそのときは池にも水がほとんどなかったのですが)。また、ほかの池の周りには畑がつくってありました。これらをみて「これはいいアイデアだ」と思い、そういえば、デーンさんもカオデーン農園にもうひとつ池を掘るといっていたことを思い出しました。カオデーン農園には水牛小屋がありその近くに池(水はほとんどたまりませんが)があり、そこは田よりも高いところにあったので僕は「あそこをもっと深く掘り下げて乾かないようにして隣の田に水を流せるようにしたらいいのではないか」と勝手に考えていました。
先日、ビザの関係でラオスのサワンナケートに行った際にカオデーン農園にも行く機会を得たので、さっそく現場を見に行ってきました。その結果、僕の見通しはとんでもなく甘かったということを痛感しました。深く掘るといってもどのくらい掘るのか、また掘った土をどこに持っていくのか、隣の田と池との間は若干幅が広く高低差もあり水路をどうするのかなど考えるべき点にまったく思い至っていませんでした。それに「掘る」といっても実際には言うほど簡単ではありません。自力でやったらいつ終わるのかわからないくらいハード&ヘヴィな作業量になることは眼で見れば明らかでしたが、そんなことにも考えが及んでいませんでした。また、業者に頼んだらいくらかかるかもわかりません。11月に同行させていただいたFASIDの研修では、Fact(事実)とPerception(考え)とEmotion(感情)を分けて考えることを意識して実施する練習をしていて、事実をもとに考え行動することの大切さを学んだのですが、まだうまくできるようになっていませんでした。
これらの体験から、頭の中ある材料だけをもとにした計画や解決案=机上の空論は、現実・現場ではあまり役に立たないことを実感しました。しかし、計画や解決案を考えること自体は役に立たないものどころかむしろ必要なもので、計画や解決案にどれだけ現実・現場の要素を取りこんでいるかが「役に立つ/立たない」の判断基準になると思います。計画や解決案に現実・現場の要素を取り込むためには現実・現場を正しく把握することも必要だと思います。現実・現場とは、事実(過去の出来事や実際にあるもの)や具体的な事柄・事項です。現実・現場と混同しやすいのが、予想(推測)・先入観・あってほしいと思うイメージなどです。これらがたくさんあればあるほど、計画や解決案は机上の空論となりやすいのだと感じています。
タイに来てから様々なことを考えてきました。そのなかには「こうしたらよいのではないか」といった解決策的なものもあります。しかし、現実・現場に即したものとは言いがたく、机上の空論の域を出ていません。もっと実際に見たり体験したり実践したりすることが必要だと感じています。