スーダン日記
(前回から続く)

10日間の研修が始まりました。
初日の今日は、ハリマさんもアワディヤさんもカラフルなよそ行きのトブ(スーダンで一般的な一枚布の女性の着衣)を着て水公社の事務所にやってきました。まだ学生のように見える若いムサさんも一緒です。JVCスタッフのアドランも付き添いに来ています。
「では、研修を受ける皆さんはこちらに集まってください」
担当の職員が、3人を部屋の中に案内しました。
「ええっ、あなた方、研修を受けるのですか」
女性二人を見て、職員は少し驚いたようです。
「なんてこったい!」
とは言いませんが、顔にはそう書いてあります。研修参加者については事前に水公社に伝えてあるのですが、担当者にはそこまでの情報が届いていなかったようです。
(前回から続く)

カドグリでは雨季が終わりを告げ、どこまでも青い空の下で例年になく涼しい乾季を迎えていました。家庭での水の需要もさほどではないらしく、ウォーターヤードの給水所は少し閑散としています。
給水塔の下で椅子に座っているのは、井戸管理委員会リーダーのブシャラさんと操作係のアフマドさん。JVCスタッフのアドランがその横に腰掛けました。
「で、アドラン、話っていうのは何だ?」
「はい、ブシャラさん。実は、井戸管理委員会のメンバーにウォーターヤード操作の技術研修を受けてもらってはどうかと思っています」
「研修か。そりゃいいな」
「はい。今はアフマドさんがほとんど1人で操作を行っていますが、このまえのようにアフマドさんが用事で外出してしまうと、代わりの人がいなくてウォーターヤードが止まってしまいます。このあと暑い時期が来て、ウォーターヤードが止まってしまったらみんな困ります」
「わかった。で、誰を派遣する?」
(前回「ハリマさんの集金簿」から続く)

ハリマさんとアワディヤさんが集金をしたおかげで、ティロ避難民向け住居の井戸管理委員会に少しの資金が入りました。発電機を操作するアフマドさんが、さっそく燃料の軽油を買ってきました。
「これで、しばらくは大丈夫だろうよ」
白いトタン板の小屋に設置された発電機に給油をすると、アフマドさんは脇についているハンドルを回し始めました。ハンドルは重いため、はじめはゆっくりと、そして徐々に勢いがついて回転が速くなると、ド、ド、ドドドと大きな音を立てて発電機が始動しました。
「それ、アハマドさんが毎日動かしているんですか?」
脇で見ていたJVCスタッフのアドランが尋ねました。今日は、久し振りにウォーターヤードの様子を見に来ているのです。
「今はまだ涼しいから、毎日ってわけじゃないね。でも、これから乾季になって暑くなったら毎日動かさなくちゃいけなくなるな」
「だって字が書けないんだから、集金簿なんて付けられないよ、ねえ」
二人は顔を見合わせてそう言いました。

JVCが運営を支援しているティロ避難民向け住居のウォーターヤード(揚水機・給水塔付きの井戸)。
ハリマさんとアワディヤさんの二人は住民から選ばれた井戸管理委員としてウォーターヤードの見張り番を任されていますが、それに加えて、こんどは住民からの集金も担当することになりました。
「家計を預かっているのは女なんだから、女性の委員が集金に回った方がカネも集まりやすいだろう」と言ったのは、男性である委員長のブシャラさん。それはその通りかもしれませんが、どうも、面倒くさい役割が女性に押し付けられた感じがします。
数日して、アフマドさんから電話がありました。
「アドラン、きのう井戸管理委員会の話し合いをして、新しいメンバーを決めたよ」
「そうですか。どうなりました?」
「男ひとりと女がふたり。男のほうはオマルってやつに入ってもらって、自分と二人で操作係をやる。女は、ハリマさんとアワディヤさんが引き受けてくれた」
「門番の件は?」
「うん。ハリマさんにはもうカギを渡したよ。アワディヤさんと交代で門番をやってもらうことにした」
「それはよかった。うまくいくといいですね」
アドランは、少しほっとしました。ハリマさんもアワディヤさんも顔見知りですが、活発な人たちです。これで、多少はうまくいくのではいかと思いました。
1週間ほどして、様子を見に行ってみました。ウォーターヤードではハリマさんかアワディヤさんが門番をして、女性たちが水汲みをしているだろうと想像しましたが...あれ?
ウォーターヤードは閉まっています。
あわててハリマさんの家を訪ねてみました。
「ハリマさん、ウォーターヤードが閉まっているのですが?」
単刀直入に聞いてみました。
「だって、カギがないから開けられないよ」
「えっ?だって、アフマドさんは、ハリマさんにカギを渡したって...」
「そうだよ。でもね、それから2、3日したらブシャラが私のところにやってきてね」
ブシャラさんは、井戸管理委員会のリーダーです。
「『女には当番はできない』って言って、カギを持っていってしまったんだよ」

ずいぶんと長い間、ティロ地区のウォーターヤードの話から遠ざかってしまいました。皆さん、覚えていらっしゃいますでしょうか。避難民家族向けに建設された住居230戸への給水を行うため、2013年11月にJVCが建設した施設です。
写真を見てお分かりのように、発電機で起こした電気で井戸から貯水タンクに水を汲み上げ、配管を通じて蛇口から水が出てくる仕組みになっています。
完成後は住民に引き渡され、住民から選ばれた井戸管理委員会が運営を担っています。JVCは委員会の相談に乗ったり、委員会メンバーへの研修を実施したりという形での支援を続けています。
引き渡しから1年が経過し、住民運営も軌道に乗ってきました...と言いたいのですが、そう簡単にはいきません。軌道はジグザグを描きながら、時に停滞したり動いたりを繰り返しているのが正直なところです。
今回からは、そんなウォーターヤードのここ数か月間の様子をお伝えします。
カドグリの町は、三方を丘に囲まれています。北側、南側、そして西側。イザディーンさんの家は、その西側の丘の麓にありました。
「おお、よく来たな。まあ、ゆっくりお茶でも飲んでいってくれよ」
アドランとタイーブが庭先の椅子に腰掛けると、シャイ(紅茶)と山盛りの砂糖が運ばれてきました。砂糖をたっぷり入れるのが、スーダン流です。
イザディーンさんは、水道関係の工事をしている業者さん。JVCが設置したウォーターヤードの建設にも参加しています。今日は、仕事帰りのJVCスタッフ二人を家に招いてくれました。
「ステキな場所に家がありますね」
タイーブは、上の方を見上げて言いました。庭には大きな木が枝を広げ、その後ろはすぐに丘の斜面がせりあがっています。
「そうだろ。オレは山のそばが好きなんだ。村にいた時は、山の中に住んでいたくらいだ」
「どこの村の出身ですか」
「ブラムの近くの、小さな村だよ。そうだ、写真見るか?」
ブラムと言えば、今は反政府軍の実効支配地域の中です。そこに近づくことすら、できません。

イザディーンさんはパソコンを開いて、保存されている写真を何枚か見せてくれました。
「みんな、紛争が起きる前に撮った写真だ」
穏やかな村の様子。とんがり帽子のような草ぶき屋根が、丘陵の尾根まで連なっています。斜面には石垣で固めた段々畑が続き、長い柄のついたショベルを持った村人が畑仕事をしていました。
「今の紛争が終わったらな、あんたらの団体、なんて言ったっけ?日本なんとか...」
「JVCです」
「そう、そのJVCも、うちの村に来て活動をしたらどうだ」
「紛争は、終わると思いますか」
思わず、アドランが尋ねました。州政府関係者に知り合いの多いイザディーンさんなら、何か分かるかも知れません。
「終わるさ。終わらない訳ないだろ」

JVCスタッフが訪れた時、ディナールさんとその姉妹は婚礼に向けた準備で忙しそうでした。化粧品や装飾品など、結婚前には普段と違う特別なものを揃えなくてはなりません。すでに、様々な小物が台座の上に並べられていました。
「おめでとう」
婚礼前だと知ったスタッフのサラが声を掛けると、
「ありがとう。でも、これ、初めてじゃないのよ」
と言って笑うディナールさん。どう見てもまだ十代の若さなのに、2回目の結婚でしょうか。
「最初の人が、死んじゃってね」
トマ集落での劇が、いよいよ始まりました。
現場の雰囲気はなかなか伝えられませんが、そのストーリーをご紹介します。

スーダン、南コルドファン州のある村でのお話...
「ママ、新しい井戸ができたのよ!」
娘のアイシャちゃんに言われて母親のハワさんが見に行ってみると、数日前に掘削をしていた井戸の工事が終わり、村の女たちが集まって水汲みをしています。
「こんどの井戸は近くていいわね。アイシャ、さっそく水汲みよ」
ポリタンクを持って井戸端で順番を待っていると、近所に住んでいるアダムさんが帳面を持ってやってきました。
「こんど、村の井戸管理委員に選ばれてね。みんなから、井戸を運営するためのおカネを集めることになったんだ」
「なんのおカネを集めるですって?」
「井戸の点検をしたり修理の部品を買ったりするためのおカネだよ。1家族あたり月に2ポンド(註)でいいんだ」
「何言ってるのよ。そんなおカネ払いたくないわ。井戸はできたばっかりなのよ。修理なんて必要ないじゃない」

ワゴン車に音響機材を積み込んで、JVCスタッフは幹線道路を北に向かいました。
行き先は、カドグリの町から20キロほど離れたトマ集落。今日はそこで、あるイベントを行うのです。そのために、クルマの中には役者さんや音響業者の人たちも乗り込んで、わいわいと賑やかです。
イベントとは、劇の上演を通じて、村の人たちに井戸の保守管理の大切さを理解してもらおうというもの。私たちにとっては初めての試みです。
JVCは今年、国内避難民が新しく住み始めた地区を中心に、生活に必要な水を供給するための井戸を掘削、設置してきました。また、故障したまま長らく放置されていた井戸の改修も行いました。いずれも手押しポンプ型の井戸で、新しく設置したものが7本、改修は10本にのぼります。
しかし、大切なことは井戸の設置よりも、それが何年間にもわたって稼働し、使い続けられることです。残念ながら、南コルドファン州には設置して2、3年も経たずに故障し、修理されずに放置されてしまう井戸が数多くあります。この「現地便り」の記事でも、そうした事例をご紹介してきました。