
ずいぶんと長い間、ティロ地区のウォーターヤードの話から遠ざかってしまいました。皆さん、覚えていらっしゃいますでしょうか。避難民家族向けに建設された住居230戸への給水を行うため、2013年11月にJVCが建設した施設です。
写真を見てお分かりのように、発電機で起こした電気で井戸から貯水タンクに水を汲み上げ、配管を通じて蛇口から水が出てくる仕組みになっています。
完成後は住民に引き渡され、住民から選ばれた井戸管理委員会が運営を担っています。JVCは委員会の相談に乗ったり、委員会メンバーへの研修を実施したりという形での支援を続けています。
引き渡しから1年が経過し、住民運営も軌道に乗ってきました...と言いたいのですが、そう簡単にはいきません。軌道はジグザグを描きながら、時に停滞したり動いたりを繰り返しているのが正直なところです。
今回からは、そんなウォーターヤードのここ数か月間の様子をお伝えします。
7月のある日、JVCスタッフのアドランがウォーターヤードを訪れると、人っ子ひとりいません。クルマを降りて近づいてみると、ウォーターヤードの周囲を囲むフェンスの門は閉まったまま、カギがかかっています。
「どうしたんだろう?」
ウォーターヤードのすぐ脇の家を訪ねて、いつから閉まっているのかを聞いてみました。
「そうだねえ。昨日から閉まったままだよ」
「えっ、じゃあどこで水を汲んでいるのですか?」
「向こうの井戸まで行くんだよ」
そう言って指差した方向には、数百メートル先のティロ本村の手前に手押しポンプ付きの井戸があります。どうやら避難民向け住居の人々は、隣接する集落の井戸まで出かけて凌いでいるようです。
2日間も閉まったままとは、大変なことです。マッチ箱のような家々の間を抜けて、井戸管理委員会の世話役であるアフマドさんの家に急ぎました。
「アフマドさんに用事かい?あいにくだけど、昨日から留守だよ」
カギがかかった家の前で、隣の主婦がそう教えてくれました。聞くと、カドグリ市内の親戚に預けている息子さんが怪我をして、その介抱に一家で出掛けたとのこと。どうやらウォーターヤードが閉鎖されているのは、毎朝発電機を操作するアフマドさんがいないからのようです。
ウォーターヤードに戻ってみると、さっき訪ねた脇の家では、女の子たちが遠くの井戸に水汲みに出掛けるところでした。お姉さんは大きめのプラスチック容器、妹は小さめのバケツを手にしています。
「ウォーターヤードに水がないから、大変だね」
アドランが何気なく声を掛けると、女の子は「水はあるよ」と答えました。
「えっ、水があるって、どういうこと?」と聞き返すアドラン。
「おとついの夕方、アフマドさんが機械を動かしていたから、水はあるよ」
これには驚きました。ポンプで汲み上げた水がタンクにあるのに、入口の門が閉まったままだっていうのか...
数日後、いつもの木の下で、JVCスタッフも参加して井戸管理委員会の話し合いが持たれました。
「このあいだアフマドさんが留守の時に、ウォーターヤードが閉まったままになっていたようですが」
アドランが尋ねると、当のアフマドさんが
「そうなんだ。自分が留守にした時に、代わりの人がいないんだ」
と困り顔で答えます。
「でも、委員会のメンバーは8人いますよね。当番制にしていませんでしたっけ?」
「ウォーターヤードを操作するのは男だからね。男性メンバーから3人選んで当番制にしたんだ」
「それだって、3人で交代できますよね」
「最初のうちはね」
「最初は?」
「そう、今は、オレしか残っていないんだ。ひとりはずいぶん前に別の地区に引っ越したし、あとのひとり、リーダーのブシャラは最近忙しくてほとんど帰ってこない。
今日だって本当ならブシャラがこの話し合いにいなくちゃならないんだけど...」
私たちは、ブシャラさんが兵士としてリクルートされたという話を聞いていました。カドグリ郊外の兵舎で生活していて、避難民向け住居の家族のもとにはあまり帰ってこないようです。
ブシャラさんだけでなく、今日の話し合いは半分のメンバーが参加していません。参加しているのは、男性はアフマドさんとルドワンさん。女性はサファさんとニダさん。合計4人だけです。
「サファとニダだって、井戸管理委員会を続けるのは難しいんじゃないか」
ルドワンさんが追い打ちをかけるように言いました。
「サファはまた赤ん坊が生まれたし。ニダは、家がこの前の雨で崩れてしまったし」
アドランにとって、サファさんはいつも赤ん坊を抱いている印象があります。井戸管理委員会が発足した頃、サファさんは研修に赤ん坊を連れて参加していました(「井戸管理委員会のマネジメント研修」2013年12月3日)。そのあと数か月が経って、こんどは次に生まれた赤ん坊を抱いています。サファさんは、いわゆるシングルマザー。子どもたちにはハッキリと父親を名乗る人物がいませんが、今の避難民住居では珍しいことではありません。

ニダさんの家は、最近の集中豪雨の被害を受けていました。避難民向け住居の何十戸もの家が半壊、全壊という大きな損害を受けました。
「ここじゃ生活できないから、来週にでも、荷物をまとめて山向こうの親戚の家に移ろうと思って」
というニダさん。そうなれば、井戸管理委員会も続けられなくなります。
「ということは、井戸管理委員会のメンバーを交代しなくちゃいけないな」
と言うアフマドさん。
「ウムダ(住民リーダー)とも相談して、新しいメンバーと当番を決めようと思う。それで、いいかな」
みんな、異論はないようです。
「ちょっと待ってください」
アドランは思わずさえぎって、
「ウォーターヤードの当番は男性でなければいけないのですか?」
と尋ねてみました。
「だって、発電機の操作は男の仕事だろ」
「いえ、操作ではなくて、門番のことです」
ニダさんが横から口を挟みました。
「アタシは前にね、『私にカギを預けてくれたら、アフマドがいなくたって毎日ウォーターヤードを開けるから』って言ったんだよ。でも、『女じゃ操作ができないからダメだ』って言われたよ」
「そんなこと言ったっけ?」
「今の季節、発電機の操作は毎日必要なのですか?」
アドランはそう尋ねました。今のような雨季には、水の使用量が大幅に減るのです。
「うーん、毎日というわけでもないな。前の日からタンクの水が残っていて、ポンプを動かさなくていい日もある」
「だったら、門番がいればそれで済む日もあるわけですよね」
アフマドさんは少し考えてから
「そうだな。門番だけの日もあるし、女に任せたっていいかもな...そのことも、メンバー交代の時に考えてみるよ」
【おことわり】
JVCは、スーダンの首都ハルツームから南に約700キロ離れた南コルドファン州カドグリ市周辺にて事業を実施しています。紛争により州内の治安状況が不安定なため、JVC現地代表の今井は首都に駐在し、カドグリではスーダン人スタッフが日常の事業運営にあたっています。このため、2012年1月以降の「現地便り」は、カドグリの状況や活動の様子を、現地スタッフの報告に基づいて今井が執筆したものです。なお、文中に登場する住民のお名前には仮名を使わせていただいております。
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