12月28日、ラオスよりカラシン県ナクー郡サイナワン区へ移動。目的は、バムルン・カヨター氏を訪問するためだ。農民で活動家、そして現在はサイナワン区の行政区運営機構(オーボートー)の機構長を務めている。
一般的にオーボートーは、村民の声を聞いて方針を決めるのだが、カヨター氏はそういった受け身ではなく、積極的に村民の声を聞いているという。行政と村民の関係を強くしていくことで、村民が本当に望む声を知るというのだ。オーボートーとしては、サイナワン区を有機農業区にしたいらしいのだが、顕在化してはいないものの、政治的バックグラウンドの違う赤シャツと黄色シャツの対立が問題としてあるという。その他、後継者不足に対しての危惧もあげられた。農業に対する偏見や大変なイメージから若者が離れていくのはタイも日本も同じだろう。農業の担い手が減っていくという現実は、大規模農家形成の下地になっているようにも思う。
それはともかくとして、行政区主導で有機農業を推進することは、赤シャツと黄色シャツの対立を深めることになりはしないのだろうか。カヨター氏(行政区)の望む形が民意であるかどうかについてはわからない(その時に質問が思いつかなかった)。
僕がカヨター氏の話の中で興味を持ったのは、スラムでの活動の話。35歳くらいの時にNGOに所属し、コミュニティの人が自らの力で問題を解決できるように教育を行っていたという。NGOは地域のリーダーに直接アプローチするというのが一般的な中で、カヨター氏は住民の話を聞くというやり方をとった。心がけたのは自分たちで考えることができるような聞き方をすること。もちろん簡単なことではない。だからまずはその地域に住む人々と共に暮らすことで関係の融和をはかり、お互いの顔が見えるようになっていったのだと思う。住民一人ひとりが持っている情報を手繰り寄せて目的地への階段をつくっていく、その都度情報を共有していくことで、連帯感も生まれるだろう。
僕は農村で暮らしその一部にふれたことで、話す言葉の距離を感じているような気がする。視点の置き方で見えなかったもの、見ようとしなかったものがあったのは、インターン同期の話を聞いて実感し、カヨター氏の話で共に暮らすことの難しさと重要性を改めて考えることができた。正直言うと、僕には割り切っている部分があった。ただ特に意識しているわけでもないから僕の性格からくるものかもしれない。それが悪いかどうかは別にして、それが今の自分自身のスタンスというか、本音ともとれてしまう。共に暮らすからといって全てを共有できるわけではないが、僕は始めから共有したくないものを決めていたのかもしれない。次の滞在先では今回考えたことをふまえて生活していきたいと思うが、心の底から本音を言うと、もう何も考えないでただ暮らしてみたい...。