10月3日にホームステイ先の農園に来たときは、まだ草原のような若々しい緑色をしていた稲も少しずつ黄金色と呼ぶにふさわしい色に変わってきている。10月中旬は雨が続く日もあったが、ここ最近の天気は最高に気持ちがいい。木漏れ日の中、ひと息ついているときに風が疲れをさらっていく感じや作業が終わり、西に太陽を見ながら稲の間を歩いているとき、世界は本当に美しく見える。束の間の夢心地とは知りながらも、全てをゆだねていたい気持ちも芽生えてくる。今僕はなに不自由なく暮らしている、そう錯覚してしまうほどだ。それほどにこの農園の景色は素晴らしい。
現実に戻ろう。タイに来る前は水のことや衛生面のことなど何かと気にしていたのも、とうの昔。ボウフラのいる水でのうがい、手を洗うのは池の水、蟻の入り込んだご飯、埃にまみれながらの食事も何の違和感もない日常となってしまった、ごく自然に。慣れないのはタイ語だけだ。
農作業ものんびりとやっている。体を動かすのはやっぱりいい。疲れは労働の喜びだ、そんな風にも言いたくなる。だけどタイ語はいまいちだ。料理の辛さにも慣れ、蛙の美味しさにも気づき、コオロギの味のどことなく懐かしい感じに記憶をめぐらせるもタイ語はやっぱり変わらない。
雨にも負けず、風にも負けず、虫にもタイの暑さにも負けず、リュックを背負ってとぼとぼ歩き、おろおろしながら話している。そりゃあ言葉もいまいちだろう。まぁこれも予想通りだ。焦ってもしょうがない。ぼちぼちいこう、私はそんな人だから。