東北タイの商業都市 コンケーンには、ゴミ処理場でリサイクル物資を回収して生計をたてている人々がいます。今回、インターン生はそこを訪問し、NGOとして関わるゴーウィットさんに話を聞くとともに、コミュニティーの人々の仕事を体験させていただいた。(宮田)
ゴーウィットさんはゴミの問題に関心があるというよりも、むしろゴミ処理場で暮らす人々の生活に関心があると言っていた。彼らが自立的に生活できる基盤を整備する手助けがしたい、そのためにゴーウィットさんは活動に10年以上も関わってきた。
ゴーウィットさんの活動には素直に感動した。彼のおかげでコミュニティーのことを知った人はたくさんいるだろうし、知ることが出来たからこそ、そこから何か変化を与えたいという思いが生まれ、事実ゴミ処理場に住む権利を得て、インフラ整備も進んだのだから。
コミュニティーの人々のパワーも僕には計り知れない。たった1時間作業をしただけだが、ゴミの中からリサイクルに使えそうなものを探し出すことは精神的にも肉体的にもハードで、自分の服が汚れることを恐れながら作業をしていた自分が情けなくなった。早くシャワーを浴びたいと思った。コミュニティーの人たちを可哀相だとも思った。これが正直な気持ちだ。
「現場を体感したい」というのがインターン参加の理由の一つだが、現場に居ても頭の中は現場に居なかった。「何とかできないだろうか」「早くシャワーを浴びたい」「可哀相」そんな感情がループしていた。
環境問題を解決したいと言いながら、ゴミ処理場を去ればいつもの日常。きれいなベッドに座り、テレビをつけ、シャワーを浴びる。のどが渇いたと感じ、水を買い、ゴミはゴミ箱に捨てる。その日は笑顔で焼肉を食べに行き、酒を飲んだ。
ゴミ処理場でコミュニティーの人たちと会い、話をし、共に作業をしたのはほんの数時間だというのに、そんな日常がなんの違和感もなく自分に溶け込んでいく。そして「居心地がいいな」と思う。コミュニティーの人たちと出会ってもやはり自分の日常は電気も水も食べ物もある生活で、ゴミ処理場での出来事は非日常。彼らのことを考えているようで、実際は何も考えていない。
結局、自分はコミュニティーの人たちにとっての加害者なんだと思った。ゴーウィットさんは「彼らに自信を持ってもらうことが大事」だとおっしゃっていたが、僕が抱いた「可哀相」という感情が彼らが自信を持つということを奪っている。「早くシャワーを浴びたい」と思ったということは、現場を非日常と捉えていた証拠であり、彼らを心のどこかで差別していたということに他ならない。
今回のゴミ処理場のコミュニティー訪問で、自分の考えがいかに甘かったか、心底理解した。見たくはない自分の一面を見た。
でもそれで終わりにしたくない。これも正直な感想だ。これから僕がすべきことは今回のコミュニティー訪問とそれによって得られた気づきを今後に活かすこと。この経験をいかに自分に落とし込むか、これに尽きる。インターンはまだ始まったばかりだ。これからゆっくり考えたい。