大阪の市民団体、パレスチナの平和を考える会の会報誌「ミフターフ」35号(2013年4月刊行)に、今野エルサレム事務所現地代表のインタビューが掲載されました。このインタビューでは、パレスチナの現状や国家承認問題などについて、現場の活動を通して見てきたことを率直に述べています。
2.ガザ地区にかんして
(1)ガザ地区を訪ねられたのは、昨年が初めてということですが、特に印象的に思ったことがあれば、聞かせてください。
今回のインタビューを受けるにあたり、ガザ地区に初めて入った日の日記を読み返しました。そこに私は、次のように書いていました。
「ガザには、イスラエル側とガザ側で許可証を取得して、イスラエル領内から入った。ガザへは、エルサレムからガザ地区北部に設置されたエレツ検問所までタクシーで向かった。広大な農地の中に突如として分離壁が目に入ってきたが、手前の荒野と農地があまりに広大で、イスラエル領内からガザに向かって標高が下がり続けているため、分離壁は想像していたほどの存在感はなかった。
エレツ検問所は、四方500メートルほどの四角い箱型の建物で、薄青色の屋根とクリーム色の外壁が、あたかもそれを工場か空港ターミナルのように見せていた。検問所に入っていく道路脇には「Welcome to Eretz Terminal(エレツ検問所にようこそ)」という看板があり、ベツレヘムとエルサレムを分断する分離壁に設置された検問所に掲げられた「Peace with you(平和はあなたたちと共にあります)」という看板を思い出させた。
エレツ検問所の中は、防弾ガラスの箱の中に、パスポートを検査して「入国スタンプ」を押す女性が一人座っているだけで、それ以外に職員も警備兵の姿も見ることはなかった。ガラスで仕切られた反対側の検査場には、ガザから出てくるパレスチナ人が50人ほど順番を待っていた。検査場で簡単な質問を受けた後、検問所の中を歩いていくと、最後に分離壁に設置された鋼鉄のドアがあり、それがいつ開くとも知れず待った。5分ほどしてドアが自動的に開いた。その先には、無人地帯の荒野の中にフェンスで囲まれた幅1メートルほどの歩道が1本あり、その遥か先にガザの住宅群が見えた。
歩道を1キロほど歩くと、ファタハが運営する検問所があり、そこからタクシーに乗ってハマースが運営する検問所に向かった。その検問所の先には、シリアとエジプトと東南アジアの国を合わせたような不思議な雰囲気の町が広がっていた。道路は思っていたよりも綺麗に舗装されており、東エルサレムや西岸ほどにゴミは落ちてなかったが、見かける自動車やバイクはどれも中古で、排ガスをもくもく上げながら大きな音を上げて走っていた。検問所からガザ市に向かう道中には、小さな自動車修理工場や部品屋や倉庫の集まった地区があり、その喧騒を抜けると、車はガザ市内の閑静な住宅地へと入っていった。しかし、2008年末からのガザ攻撃では、自治政府の官庁があるこの地区が最も激しい攻撃にさらされたという。攻撃された跡はほとんど残っていなかったが、ビルの建設工事が道路の両側のあちこちで進んでおり、そこが破壊された場所だということをドライバーから聞いて知った。」
次に私がガザ訪問で受けた印象をお話します。その一つ目は、ガザの社会が多様性を持っているということでした。JVCは、ガザ市内でArd el-Insan(人間の大地)という地元NGOと共に、子どもの栄養失調を予防するための活動を展開していますが、このNGOで働く医師たちは、ロシアやフランスやパキスタンなど世界中で医師免許を取って帰ってきた人たちです。そのため、各人が服装や話し方で留学先の雰囲気を漂わせていました。このように、ガザの医師や国連職員などのインテリ層は、外国で学んだり働いていたりしていた人々が多いのです。ガザは保守的だと一般には考えられていますが、実際は、経済的・社会的な格差とともに多様性も併せもった社会であり、思いのほか自由な雰囲気があります。他方で、その多様性の背後には、自分の国だから帰ってきたという人がいる一方で、湾岸諸国やリビアやイラクなど紛争後の国に出稼ぎに行った後、お払い箱にされて帰ってくる人もいて、世界の労働力の供給源というガザのもう一つの姿もあります。
もう一つ驚いたのが、ガザの人々のイスラエルに対する態度でした。とあるローカルNGOで働く20歳代の難民の男性サミールさんは、他のパレスチナ人とガザの状況について議論する中で、冷静にバルフォア宣言や英国委任統治などの歴史について語り、その話しぶりは客観的な歴史学的・政治学的な分析といった風で、そこからイスラエルや英国に対する憎しみを感じることはありませんでした。また、パートナー団体でドライバーをしている40歳代の難民の男性アブー・アドハムさんも、第2次インティファーダ前にイスラエル領内で働き、イスラエル人がガザに魚を食べに来ていた時代を懐かしく語ることはあっても、イスラエル政府の行為を非難することはこれまで一度もありませんでした。ガザの人々が状況を達観的・客観的に見ているというのが、私のこれまでの印象です。
(2)11月のガザ攻撃後、現地を訪ねられたということですが、今ガザで特に何がもっとも深刻な問題なのかについて、お聞かせください。
11月のガザ攻撃は、ピンポイント攻撃が大半で、そのターゲットも軍基地、警察署、イスララーム系銀行、ロケット発射台などが主で、実際に破壊された一般住宅は思いのほか少なかったです。それだけに、イスラエル軍は正確に狙ったものだけ好きな規模で破壊できるはずなのに、なぜ一般市民が殺されねばならなかったのかという怒りも湧いてくるかもしれません。それについてはもちろん、詳細な調査の上、イスラエル軍の責任が問われるべきでしょう。
しかし、今回の攻撃でそれ以上に深刻だと私が思うのは、今回イスラエル軍が狙ったのが、ガザの人々が普通に生活する上で必要な基本的なインフラと、人々の潜在的な恐怖心だということです。イスラエル軍は今回、警察署や銀行を狙いました。それは、ガザの市民生活の基礎となる秩序を破壊することを目的にしていたとしか思えません。ガザの市民の大部分は、爆弾も盗みも殺人もなく、電気と水のある、平穏な生活を送ることを望んでいます。それが実現するなら、誰が統治者になろうが気にしないという人も多いです。しかし、イスラエル軍はハマースが「テロリスト」であるから、彼らが作り出した秩序も不当で自国の存在を脅かすものであると考えているため、それを根本から破壊することに疑問を抱かないのかもしれません。
また、今回イスラエル軍は、「前回の攻撃よりもずっと大きな音のする」「地震のような揺れを起こす」ミサイルを使ったと多くの人から聞きました。戦争直後のガザ訪問時、私は、2週間ものあいだ毎晩のように爆音と揺れの恐怖にさらされて疲れ切った多くの友人に会いました。その中の一人で医師を務める男性は、「爆音で悲鳴を上げる子どもたちを、どうやって落ち着かせればいいか分からなかった。子どもが暴れるのを抑えることができなかった。親としての自信をなくした」と言っていました。私は、東日本大震災を東京で体験し、その後被災地で何度も地鳴りのする地震を経験しましたが、その時の恐怖はとても大きかったです。それが人為的に作られて、2週間も続くという状態で、精神を平穏に保っていられる人がいるとは思えません。
今回の紛争は、物理的な損害は少なく、その損害も国際支援ですぐに修復されるのかもしれません。しかし、目に見えない精神的なダメージはそれ以上にずっと大きかったと思います。そして、そのダメージが大きければ大きいほど、ガザの人々の希望は失われ、攻撃を加える国への憎悪だけが残り、イスラエルとの和平がまた遠のいたと思います。紛争直後から、多くの国連組織や国際NGOが精神的ケアのプロジェクトを立ち上げました。しかし、それは対処療法にすぎず、結局のところ、今回と同様の攻撃が起こることを防ぐ国際的なシステムがないまま、国際社会の見守る中で現在の封鎖政策が野放しにされ続けていく限り、ガザの人々の希望や夢が奪われ続けていく状況は変わりません。
(3)エジプト情勢が、ラファ検問所の移動制限などに大きく影響しているようですが、そのことで、何か気づいたことがあれば、聞かせてください。
まず、ラファ検問所は主に住民の通過に使われており、物資は主にエジプトとガザをつなぐトンネルから入ってきます。エジプトでの革命以来、ラファ検問所の移動制限が緩和されたと聞いていますが、いまだに検問所を越えるためには数百ドルを支払って事前申請をする必要があり、許可がおりるまでに2週間から1ヶ月かかると聞いています。また、外国籍を持つ人は通常通れないため、外国のパスポートを持っているパレスチナ人が帰郷する際には、トンネルを使っていました。本当か分かりませんが、実際にエジプトからトンネルを使って帰ってきた人に聞いたところ、数千円払えば5分程度で抜けられるということで、ラファ検問所よりも利便性は高いようです。
GANSOという国際NGOが運営している情報サービスの報告(2013年3月)によると、ガザの物資の3割から4割がエジプトからのトンネルを通じて入ってきています。特にセメントや鉄骨などの建設物資とガソリンやガスは、トンネル経由の重要な輸入品となっています。エジプトでは、シナイ半島の情勢悪化以来、トンネルを潰そうという動きがあるようですが(アメリカやイスラエルの意向を受けて潰しているという噂も一部あります)、本気で全てを潰す気はないようなので、いまだに多くの物資がトンネルを通じて入ってきており、ガザの市場には安価なエジプト製品や中国製品があふれています。
ただ、このトンネルを通じた物資輸送も、エジプト情勢の変化を強く受けています。シナイ半島の情勢が悪化すると、エジプトからガソリンが入ってこなくなります。ガソリンがなければ、発電もできず、生産活動もできません。イスラエルからもガソリンは入ってきますが、エジプト産は約2シェケルである一方、イスラエル産は8シェケル程度なので、イスラエル産を買えるのは一部の富裕層だけです。
ガザの人々の最大の関心は、一日8時間の停電と失業状態が解決することです。しかし、ガソリンがなければ生産活動をできず、電気のある生活もできません。トンネルから建設物資が入ってこなければ家を修復することもできません。その意味で、ガザの市民生活は、エジプト情勢の影響は常に受けていると言えるでしょう。
(人々の生活から見たパレスチナの今(3)に続く)
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