(前回から続く)

識字教室の準備が着々と進んでいました。
この分野で経験豊富な現地NGOの協力で、2名の女性教員を紹介してもらうことができました。二人ともプロの学校教師ではありませんが、以前に研修を受け、これまでに何度も識字教室での指導の経験があります。
「いつも、教材はどんなものを使っているのですか?」
教員のひとり、マルカさんにJVCスタッフのアドランが尋ねました。
「教育省が作った初級のアラビア語と算数の教科書を使っています」
マルカさんはそう言って、実物を見せてくれました。アラビア語も算数も、文字や数字の読み方や書き方が、本当に初歩から学べるようになっています。
「いいものがありますね。でも、これをどこで手に入れたらいいのでしょう?」
そう尋ねるアドランに、もうひとりの教員、ラシャさんが笑いながら
「同じものは、もう手に入らないわよ。その教科書、いつのものだと思う?」
「えっ?」
アドランが手にした教科書を引っくり返して見ると、そこには「1999年」と書かれています。きれいに保管されているので新しそうに見えましたが、なんと16年前に発行されたものでした。
「もう、ずっと前から識字教室ではその教科書を使っているんだけど、まだ倉庫に山のように残っているのよ。ノートや鉛筆だってあるわ。今回も、それを使いましょう」
結局、新しく購入する必要があるのはチョーク1箱だけでした。

「というわけで、来週から識字教室を始めたいと思います」
アドランはさっそくティロ避難民住宅を訪れて、井戸管理委員会のメンバーに説明しました。今日は、委員会の後見役であるウムダ(住民リーダー)のバクリさんをはじめ、メンバー数人がバクリさんの家に集まっています。
「早く教室が始まらないかって、みんな待っていたんだよ」
と言うのはナフィサさん。彼女によれば、これまで自主的に行われていた識字教室は、教員ボランティアをしてくれていた女性の都合で、すでに終了したとのことでした。
「それで、新しく始まる教室は、井戸管理委員会のメンバーしか参加できないのかい?」
もっともな質問です。
「そんなことはありません。誰でも参加できます。だって、井戸管理委員会のメンバーは交代制ですから、ここに住んでいれば皆がいつかは委員会メンバーになるわけですよね。それに、教室で勉強することは委員会の活動に役立つだけではなく、生活のいろんなところで役に立つはずです」
「その通りだ」
それまで黙って聞いていたバクリさんが、いきなり大きな声で言いました。
「ここに住んでいる者のほとんどは、村に学校がなかったか、あっても行くことができなかった。だから、今からでも勉強することはとても大切なんだ。ワシだって、時間があれば参加したいくらいだ」
「村」というのは、紛争で避難する前に住んでいた故郷の村々のことです。今は戦闘地域になり、戻ることもできません。
「ではみなさん、よく聞いてください。識字教室は、日曜から木曜(註)の毎日5時から、幼稚園の簡易校舎で行います。期間は3か月を予定しています。2月8日の日曜日に始めますので、皆さん、近所の人たちにどんどん声を掛けてください」
「参加者の名簿を作らなくちゃいけないのかね?」
ナフィサさんが気を利かせて尋ねてきました。
「その必要はありません。最初の週は『おためし期間』にしますので、その間はどうぞ自由に参加して、様子を見ていってください。週末の木曜日に、参加者の登録をします」
(註:スーダンはイスラム教徒が多いため礼拝日である金曜と土曜が休日、日曜から木曜までが平日扱いとなる)
いよいよ、識字教室の開始初日になりました。
この日の参加者は27人。上々の滑り出しです。
以前の識字教室と同じように、参加者の年齢層はまちまちです。年配の方をはじめ、幼い子を抱いた母親、まだ中学校に通っていてもおかしくないような若い世代までが来ています。2、3人の男性の姿もありますが、ここでは女性が圧倒的多数のため、片隅で小さくなっています。


「生徒」たちは教科書とノート、鉛筆を受け取ると半分ずつに分かれて二つの教室に入りました。それぞれマルカさん、ラシャさんが受け持って授業が始まります。初日の今日は算数。マルカさんの教室では、マルカさんが黒板に大きな一輪の花の絵を描いて、横に数字(アラビア文字の数字)で「1」と書きました。


それを見ながら、生徒はノートに自分で「1」と書き写します。そして、あとは繰り返し練習。マルカさんも、生徒の間を回って手助けをしています。みんなが書けたと思えると、次は、二輪の花の絵を描いて「2」。生徒たちが書き写して練習します。授業は、本当にゆっくりとしたペースで進みます。あっという間に1時間が過ぎました。


口コミで評判が伝わったのか、それから毎日、生徒の数は増え続けました。「おためし期間」の後半には40人を越え、週末の木曜日にはなんと48名になりました。うち男性は2名です。この人数で参加者を登録し、3か月の教室が始まります。
「参加者の多くは、今まで鉛筆を持ったこともないんです。だから、ノートに何か書くだけでもかなり苦労しています。時間をかけてやっていくしかありません」
最初の1週間を終えて、マルカさんはそう言いました。
「でも、みんなすごく熱心なのに驚きました。これからが楽しみです」
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「スーダン日記」執筆者、今井は1年に3回程度のペースで日本に一時帰国しています。その機会に、皆さんのご近所、学校、サークルの集まりなどに今井を呼んで、「出前報告会」はいかがでしょうか。セミナーや学校の授業からお茶を飲みながらの懇談まで、スーダンの生活文化、紛争地での人道支援、「スーダン日記」に書き切れない活動のエピソードなどをお話しさせていただきます。日時や費用、また首都圏以外への出張についても、まずはご相談ください。
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