パレスチナの北西部にカルキリアという地域があります。32の村からなる約7万人が暮らす地域です。地下水が豊富で農業が盛んで、パレスチナの食糧庫と呼ばれる地域です。また、カルキリア市はパレスチナの街では最も西に位置し、イスラエルのテルアビブなどの都市とも数十キロしか離れておらず、昔からイスラエルとの取引で賑わってきた地域でもあります。農作物はイスラエル市場に売られ、多くのパレスチナ人はイスラエルの労働力として働いて来たので、この街の人の多くはヘブライ語を流暢に話します。週末にはイスラエル人が安くて新鮮な農作物や工芸品を買いに訪れ、パレスチナ人と一緒に街のレストランで食事をして行ったそうです。
しかし、今はその面影すらもありません。1800あった商店のうち、600以上が閉鎖に追い込まれたとのこと。街のほとんどの商店はシャッターが閉じられたままです。カルキリア地区の農地の47%、39あった井戸のうち15が、壁によって摂取されるか壁の反対側になっていると報告されています。「壁」は約5万人が暮らすと言われている19の入植地とパレスチナの土地と水資源をイスラエル側に取りこむ形で建設されているのです。
カルキリア地域の地図: 黒:壁、濃黄:パレスチナ人密集地、緑:パレスチナ農地、赤:イスラエル入植地カルキリア市は「壁」により完全に包囲されています。カルキリア市に入るにはイスラエル軍によるチェックポイントを通過する必要があります。市の周囲を取り囲む「壁」には4つのゲートがあります。2つはイスラエル軍用で、2つが「農業用ゲート」ですが、その一つは開かずの門で、残る一つも一日3回10分程度しか開かないとのこと。
8メートルの壁と子どもたち「壁」の前では子どもたちが遊び、おじさんたちがチェスをしていました。近くの農家の人たちです。でも、その農地も家も近いうちに撤退しなければなりません。「壁」の50メートル(場所によって30メートルから100メートルの誤差があるらしい)以内は「緩衝地」と呼ばれ、家や畑を作ってはいけないとのこと。ある日突然、所有地の中に出来た「壁」のために、土地や井戸を奪われるだけでなく、家や畑をも撤退しなければいけないのです。
唯一のゲートの前では、農民が通過を待って並んでいます。いつ開くかははっきりしません。のんびり待つしかないのです。珍しい日本からの来訪者に、若者がとれたてのみかんでもてなしてくれました。彼の畑は向こう側、でも家は両側にあるそうです。ゲートの向こうからもバラバラ人が集まってきます。
子ども連れのお母さんがやってきて、おもむろにゲートをゆすり始めました。電圧線が通っているとされているフェンスなのに。
「こうやって揺すってイスラエル軍に私たちがここで待っていることを知らせないと」と言って、ゲートの前にどっかりと腰を降ろしました。お母さんにかかっては電圧線もドアベルになってしまうようです。逆境においてのこのたくましさと忍耐強さがパレスチナの人々の強みであるとつくづく感じさせられました。
この活動への寄付を受け付けています!
今、日本全国で約2,000人の方がマンスリー募金でご協力くださっています。月500円からの支援に、ぜひご参加ください。
郵便局に備え付けの振込用紙をご利用ください。
口座番号: 00190-9-27495
加入者名: JVC東京事務所
※振込用紙の通信欄に、支援したい活動名や国名をお書きください(「カンボジアの支援」など)。
※手数料のご負担をお願いしております。
JVCは認定NPO法人です。ご寄付により控除を受けられます(1万円の募金で3,200円が還付されます)。所得税控除に加え、東京・神奈川の方は住民税の控除も。詳しくはこちらをご覧ください。
遺産/遺贈寄付も受け付けています。詳しくはこちらのページをご覧ください。