ラオススタッフ徒然日記
6月に行ったラタン(籐)の植栽研修の参加者、S村のTさんのその後のラタン生育状況は順調だ。実は村を訪れた業者に「苗を売ってくれ」と言われているが、断っている。やはりこれからちゃんと移植させてきちんと成長させてから、売るなら売る、それがTさんの考え。頼もしいですね。
行き慣れた村の行き慣れた寺に見慣れない光景が。
学校の移転に伴い、一時的に青空教室が設置されている。
乾季なので、非常に爽やかな光景だが、雨季になると悠長なことを言っていられなくなる。
早く本物の学校の準備ができるといいですが。
昨年のことだが、12月のJVCラオスは誕生日ラッシュ。誕生日にはお金を出し合ってケーキを買っているが、実に5人が12月生まれなので12月は毎週ケーキだ。その先陣を切ったのは運転手のクム兄さん。「代表が話があるって」と他のスタッフに言われて、「なんだろう」とやや不安げ?に会議室に入ってきたクム兄さんに、「誕生日おめでとう!」。ラオスではあまり誕生日を盛大に祝う習慣がなく、するとしたら最近の街の子どもくらいで、クム兄さんの世代ではなおさら。齢53歳にして初のバースデーケーキに、うっすら涙ぐむクム兄さん。いやー良かったです!
JVCの推進するSRI(幼苗1本植え)の活動がアサポン郡で大きな支持を得て、アサポン郡農林事務所主催の乾季SRI田植え式が行なわれた。これには郡知事も参加し、田の視察もされた。この式典で、郡知事を前にモデル農家としてSRIの手順などについて発表したEさん。約1年前にSRIにめぐり合ったEさんだが、今日は先生。到着早々「おっ、先生の到着ですね」と冗談を言うと、本当にうれしそうに照れるところに人柄が表れる。村人が誇らしげに振舞う場面に立ち会えるのは、この仕事の喜びです。
ケーンはラオスとイサーン地方の伝統楽器。サワナケートの街の入り口にあるラウンドアボウト(ロータリー)にはサワナケートを象徴する3つのもののモニュメントがあるが、そがれらは金、恐竜、そしてこのケーンだ。
一説には雅楽に使われる楽器である「笙」の源流だそう。中国に行って笙になり、日本に伝わったのだとか。アジア、つながってますねえ。
田んぼを見に、トラクターに揺られる。そこで村人が気を遣って、トラクターの荷台にイスを載せてくれる。正直安定性は低く、荷台に直接座ったほうがいいような気がするのだが、こういう村人の親切はいつも心地よい気持ちにさせてくれます。
ある村での出来事。ケーン(竹でできたラオスの伝統楽器)とともに、水牛の角でできた笛で踊り、最後にはその角笛をいただくことになった。笛といっても吹き口があるだけで、穴などは開いていない。穴を塞いだり開けたりすることで音程を取るらしい。
さて、現在は事務所に飾ってある角笛だが、誰か吹き方を教えてくれるだろうか。スタッフは誰も吹けないよう。水牛は様々な形でラオスの文化の一部になっているんだなあ、と実感しました。
1月ほど前の話になってしまうが、ビエンチャンで行なわれた「ジャパンフェスティバル」の模様をご紹介。東日本大震災に際してラオスの方々からいただいたご厚意に対するお礼の意味で、日本大使館の発案で実施されたもので、空手や柔道など武道の披露、ラオス人女性による浴衣コンテスト、日本酒の利き酒や日本食の出店など、楽しい催しに賑わった。
私はJVCと同じく老舗NGOであるSVA(シャンティ国際ボランティア会)の出店するブースで絵本作りを手伝ったり、ビールを飲んだり。久しぶりのビエンチャン出張でしたが、楽しい休日を過ごしました。
諸般の事情で更新が滞っておりました当日記ですが、その間も記事自体は書き溜めており、この度まとめて更新しました。
今後は時宜にかなった更新を心がけますので、今後とも宜しくお願いします。
群当局の然るべきポジションの人々も多く参加してのSRIワークショップ。最後はバーシーのセレモニーがあり、そして歌って踊ってで終わる。どこからかケーン(竹でできたラオスの伝統楽器)が持って来られ、村人、郡政府の人々、JVCスタッフ入り乱れての歌えや踊れや。最後はこうなるのがラオス流です。