前回ご紹介のラタン栽培名人Tさんにラタン発芽技術を教わったとMさん。スタッフにやり方を教えてくれるのですが、ここでも「教わった」という言い方はせず「Tさんのやり方を見た」と表現するのが面白いところ。Tさんとは親しい様子で決して「教わった」という言い方をするのがしゃくにさわるとか、そういうふうに思っているから、とは感じられません。想像に過ぎませんが、前回紹介したTさんの言い方からしても、「教えた」「教わった」というのも大げさな感じなのでしょうか。
もう一つ印象に残ったのが、Mさんが「これはTのやつがタイで習ってきたやり方だな、うん」と言っていたこと。Tさんをそのタイの研修に連れて行ったのは今Mさんが一生懸命話してくれた相手であるJVCですが、そこの認識はない様子。JVCの名前が残ることではなく技術や活動が残ることが大事です。その意味では、それくらいの認識がちょうどいいでしょう。