スーダンの現地便りを読んでいたら、非常に面白い記事を発見した。教育というものは、洋の東西を問わず、少なからず「村を出て偉くなる」ことを目的として設計されているのではないか、と検証し、「村の暮らしを豊かにする教育」とはどんなものなのでしょう、と問いかけている。
https://www.ngo-jvc.com/php/jvcphp_epdisp.php?ThreadName=d01&ArticleNo=93
こういったことを念頭に置いた取り組みは一部の教育支援プロジェクトでは行われている。コミュニティースクールは一部のアフリカの国ではそれなりに普及しているという。しかしここではそれにはあまり言及せず、これに関連した日本での経験を少し記したい。
日本で報告会をした際、若い人たちが割と多く集まってくれたことがあったのだが、彼らはラオスに学校を建てるプロジェクトを行っている学生たちだった。私はラオスの農村の人々が自然と調和しながら、農耕、家畜飼育、狩猟、採集など様々な生計手段で生活を成り立たせている様子を話した。すると終了後、期せずして彼らのうち2つのグループから、異口同音に「ラオスの人々の伝統的な暮らしを守ることが大切で、学校はそんなに必要ないのだろうか、と感じた」と言われたのだ。
(この項続く)
