(前回より続く)「ラオスの人々の伝統的な暮らしを守ることが大切で、学校はそんなに必要ないのだろうか」…これは想定していなかった反応だった。年寄りぶるつもりはないが、若い人の反応は良くも悪くもストレートということだろうか。いずれにせよ誤解を解かないといけない。以下は彼らに話したことをもとに加筆して再構成。
「村人に教育が必要ないとは全く思いません。まず、伝統的な暮らしについてですが、その全てが素晴らしいというつもりはありません。確かに村は伝統的には自給自足的に生きてきましたが、悲惨な面もありました。例えば、治療/予防可能な病気で人がバタバタ死んでいました。保健健康に関する情報も含め、読み書きができることで、得られる情報は大きく増えます。農村開発を行う我々だって、人形劇など視覚聴覚に訴える努力もしていますが、それだって村人が読み書き計算ができたほうが活動はスムースに決まっています。また、例えば医療保健サービスを得るには現金収入も必要となり、それには商取引をすることになります。読み書き計算ができることは大切です」
「それに、伝統的暮らしを守りたい、と村人が思ったとしても、世の中の変化の波がそれを許さない場合もあるでしょう。現にラオスの農村にも企業がやってきて木を切っています。読み書き計算ができない人が不利な契約を結ばされやすいのは、外部からの進出者に搾取される途上国の農民も、マフィアに搾られるスラム街出身のボクシング王者も、洋の東西を問わず一緒です」
(この項続く)
