前回の投稿について、少し補足。
井戸を掘るだけ掘って、「あとはお金を集めて、自分たちでやっていってください」と言って去っていって問題なくいくなら、それでかまわない。しかし実際問題はそのような場合ばかりではない。深井戸はいつかは壊れるのだが、なにも今日明日の話ではないので、お金を集めなくてよいなら集めないほうが楽、と考える人も当然いる。これは各村の村長などのリーダシップにもよる。また、もっと言えば、お金を集めるだけでは「自分たちでやっていく」にはならず、業者頼りになる。
我々は、我々がいなくなったあとも、持続発展的に井戸が使われるような体制を村人が作ることを重視している。そのためなら、最初は多少世話焼きのようになる場合もありえる。お金を集めることも、しばらく定期的に行えば、習慣化する。また、集め始めた当初は当然金額が少なく、その間に故障があると、往生してしまう。このような理由から、お金をちゃんと定期的に集めている、という条件付きで、一定期間は基金のお金を使わなくてよいようフォローする。例外的なケースを除き、修理業者代を持つのではなく、部品だけ支援して、自分たちで直してもらうかたち。そのために修理技術研修もする。あくまでも、将来の自立/持続発展性を担保するための、最初だけの世話焼き。そしてそのことは村人にも繰り返し説明してる。このようなアプローチだと、掘るだけ掘って去ることはできないのです。(この項終わり)
