(前回からの流れで)「森林保全」という言葉がJVCラオスにとってどういう意味を持つのか述べたい。このウェブサイトでもラオスでの活動の説明として「住民主体の森林保全」という言葉を使っているし、私自身これまでJVCラオスの活動を説明する際に単純に「農業と森林保全」と表現したことがあるのだが、相応の補足説明をした上での使用でなかったら適切ではないかもと今は思っている。そこで「ラオスでの活動」のページの「概要」を読んでいただければ分かるのだが、ここでも少し述べたい。
JVCラオスの森林保全の観点からいうと、国土における森林率は、もちろん大変重要な指標だが、それがすべてではない。森と暮らす人々の生活、ラオスの農村の発展という観点から考えなくてはいけない。例えば、村の人々も長く放置している荒廃した土地で、彼らの同意のもと産業植林を行うような場合は、地域の生活向上に寄与するかもしれない。一方で、村人が生活のために少量の木を切り、山菜やキノコ、タケノコなどの食べ物、薬草、タイマツの燃料となる樹液などを採取していた森や、水源林として木を切らずにしておいた森を、彼らの反対を押し切って切り倒してブルドーザーで整地してしまう、といったケースの場合はどうだろうか。森林率だけにこだわるのであれば、産業植林で植えられるゴムなどの木々も木であり、森林率を計算する際にカウントされる。しかしこれらの2つのケースは、人々の生活に与える意味が全く違う。
ラオスでは多くの村人が本当に「森とともに」暮らしている。森林保全、というと環境問題としての、というイメージが非常に強いように思う。だから森林率といいた用語もすぐに連想される。もちろんそうでもあるだが、JVCラオスが言う「住民主体の森林保全」とはすなわち森とともに暮らす村人の生活を守ることであるのだ。