(前回からの続き)以前読んだFGM(アフリカの一部の国で見られる女性器の切除あるいは縫合)についての論文に興味深いものがあった。要旨としては、先進国はFGM廃絶が遅々として進まないと言ってアフリカ諸国の政府を責めるが、実はアフリカ諸国の政府高官には欧米で教育を受けて(良くも悪くもだろうが)欧米化された者も多く、FGMは国家の恥くらいに思って本当に廃絶したがっている場合も少なくないのだが、村レベルで伝統を守りたい村人の抵抗にあっているのだ、というものだった。
ジェンダーや人権という欧米発のイデオロギーと村の伝統両方を100%尊重していくことは論理的には無理だろう。残すべき伝統、変えるべき伝統、それを誰が決めるのか。それが問題だ。村人が決める、というのはたやすいが、村人の中にだって多様性も政治もあるのだから。