ラオス人を観察すると、経済的に自立している人、つまり金持ちにはケチが多い。(と思う)経済的にはまだまだ脆弱なこの国において、人を助ける意味には、「次に自分が困った時に自分も助けてね」という明日への期待・保険の意が含まれている。お互い、持ちつ、持たれずすることで、今の不安定さを補完しようとしているのだ。ところが、経済的に自立している金持ちは、自分が誰かに寄りかかる必要がない。しかしながら、このような社会状況下では、自分は助けを必要としていないにも関わらず、多くの人は当然のように自分に凭れ掛かってくるのである。この一方的に凭れ掛かってくる人民を出来る限り排除するために、彼らはケチにならざる終えないのだ。つまり、ケチとは金持ちの自己防衛手段なのである。そして、相手になるべく凭れ掛かられないためには、ケチになるばかりではなく、次第に相手に対して「無関心」でいることを選ぶようになる。「知り合い」になってしまえば、頼まれ事は断れないし、「友達」になってしまえばそれは尚一層強くなる。相手を気に掛けること=金がかかることであるから、金を使わないためには人に無関心でいることが一番なのだ。経済的な自立と社会的な豊かさはどうも同時進行することは難しそうだ。