ご近所の中里家で夕御飯。中里家は、我が家で「神様」の称号で呼ばれているほど、ありがたい存在。
ラオスに来ておもうのは、日本人同士の助け合いって、まだまだ見捨てたもんじゃない、ということ。日本では「公園デビュー」のような、いやらしい呼び方がまかり通るほど、隣近所との隔絶や孤立、排除があるようだが、ラオスの日本人社会には、甘えっぱなしで申し訳ないぐらい、支えられている。
しかし、日本国内は、本当にそんな悲観的な状況なのだろうか?アエラなどの週刊誌によく出てくる、結婚、子育て、定年後に関する夢のかけらもないような話には、反吐がでそうなほど辟易している。悲観的な事実はないとはいえないけど、こんな危機をあおるような偏向情報のなかで生きていて、明るい未来は描けるのか?それとも、みな、自分で情報を吟味、選定できるほどの十分なメディアリテラシーを身につけているとでもいうのだろうか?
農村開発は、基本的なサイエンスと、豊かな発想力が要求される。発想するには、過去の失敗事例に学ぶことも大切だが、同時に、うまくいっている他のプロジェクト事例を参考に、よいイメージを頭に描いておく必要もある。
頭の中によいイメージがなければ、明るい未来なんて創造できやしない。