実は、確固たる将来予想なんて、だれもできない。社会科学では、数理的に処理できる経済学が将来予測しやすい分野ではあるが、これだって過去の変数が今後とも同じ規則であると限らないし、政治や文化などの要因は、説明変数としてカウントしにくい。
だれも将来予測ができないという不確実性の高い世界では、多様な言説が入り込む空間が発生する。「ダム建設は貧困を削減に貢献する」「いや、ダムは貧しい人々をさらに貧しくさせる」「焼畑は環境破壊」「いや焼畑は環境にやさしい」という言説が、両方成立できてしまう。そして、最もらしい裏付けが、それぞれの立場から提出され、エクスキューズを繰り返した挙句、結局、力の強い、声の大きいものの言説が、他を制圧する。
政策決定や開発事業を行うたびに発生するこの空白の言説空間を、どうコントロールしていけばいいのだろうか。世界的な環境問題への関心の高まり、事業に関わるステークホルダーの空間的規模と多様性の広がりを考えても、新古典派経済学やケインズ理論だけでは、分配の平等性は達成できそうもない。
自分は、ラオスというコンテクストにおけるNGOの役割のひとつとして、この「空白の言説空間」に透明性を確保し、社会的公正に照らしたステークホルダー間の対話の舞台を確保することが大切であると考えている。特に、いつだって切り捨てられがちなマージナルな立場の人々に、意思決定への「参加」を確保することは、ラオス国内だけでは解決できない構造的課題に風穴をあけられる可能性をもっていると信じている。
もちろん、これは口で言うほど簡単なことではないことだけは付け加えておく。