援助活動におけるハード支援とソフト支援。おっしゃるとおり両者を併せることで援助効率を上げていくことはできるとおもいます。
ただ、ハード支援をして、廃墟を作りだした事例は枚挙にいとまがありません。ラオスでもその残骸があちこちに醜い姿をさらしています。おそらくいろんな要因があると思いますが、支援する側の理屈でモノの支援をすると、残骸になる確率がとたんに上がります。そして、実はそうなることを半分確信犯でやってる例もあります。援助の中には、かなり腹立たしいぐらいに、被援助側を無視したロジックで決定している例もあるということなのでしょう。
ソフト支援であっても、砂浜に水をまくような支援をよく目にします。率直に言えば、JVCだって砂に水をまき続けてきました。「人材育成」と称して、研修やスタディツアーを重ねても、ほとんど何も変わっていないのを見て、ほんとにこれでいいのかといつも悩んでます。おそらく、これもハード支援と同じで、こちら側が伝えたいことだけ伝える独りよがりの研修をしていると、そうなるのでしょう。彼ら彼女らは実利をじっと見ていますからね。
ぶつぶつ書いてきましたが、ソフト・ハードどちらを支援するにせよ、タイミングと規模がとくに重要になるとおもっています。村人や政府の方々が、ほんとうに(思いつきでなく)やりたい・知りたいとおもうタイミングで、彼ら彼女らが扱える規模のものを提供できるかどうか。そして、その前提として、支援のポリシーとフレキシビリティを団体として確保しているかどうか、また彼ら彼女らの思いを感じ取るつきあい方をしているかどうか、等が問われてきます。ほんとに難しいチャレンジばかりですけど、やりがいがありますね。