1村で3基の井戸修理を実施
T村で3基(厳密には9月には2基、10月1日に1基)の故障した井戸の修理を実施。以前は郡の水衛生課に頼んでみる、と言っていたが、郡の予算がいつ下りるのか見通しがつかず、相談された。
既報のとおり、井戸修理基金の設立、規則の設定、集金の開始について話し合い、今後の修理に備えて村人で運営していける仕組みづくりをしてから修理を支援する。ただし、3基という数を鑑み、この村についてはJVCが2件、村人が1件負担することで話がまとまり、修理も業者を呼ばずに村人と共同で行った。また、部品を購入した店の連絡先、レシートのコピーなども渡し、今後は自分たちで、という意識を共有した。
反省点として、井戸修理基金の委員会メンバーの選出方法が挙げられる。村長が次々に指名してしまったのだ。私も立ち会ったが、これは村では極めて日常的な意思決定の方法であり、その段階から口を挟んでも、村長の面子を潰したり、村人に違和感を与えるだけかもしれないので黙っていた。ラオス人スタッフが、参加やボトムアップの大切さを理解していないとは思わない。しかしトップダウンは彼らの体にも馴染んでおり、普段から折に触れてボトムアップの意識をスタッフと共有していかないといけないのだろう。
子どもたちも興味津々2村で新たに米銀行支援に着手
既報のとおり、以前別のNGOの米銀行経験のあるN村で、再チャレンジが進んでいる。今月は米不足の状況について調査を実施し、特に米不足が深刻な家族にインタビューを行った。彼らは借米に頼ってなんとかしのいでおり、低利の制度があれば、当然そちらを希望したい、ということで要望は強い。
PN村でも米銀行の要望。以前から声はあがっており、念願の米銀行の話ができるとあって、数多くの村人が話し合いに参加した。この村でも米不足が深刻な家族に話を聞いたが、こちらは借米をするところはなく、買ってしのいでいるそう。やはり低利の米銀行に対する期待が高い。
もう一村、T村でも、参加型調査の際に米銀行の要望があがっていたため、提案した。しかし、この村もかつて実施した際問題があったとして、村長が難色を示したため、いったん提案を撤回した。しかしその後スタッフが村を訪れた際、他の村人から「村長はああ言うが、多くの村人は米銀行をやりたがっている」という訴えを受けた。よく聞いてみると、自分に仕事が集中することを避けられるのならば、村長もやぶさかではない模様。その方向で進めることになりそうだが、一筋縄ではいかないものである。村人と関係が構築できているから、そのような声を汲み上げることができた、ということも言えるだろう。
カオニャオ(モチ米)なくしてラオスの食事は始まらない魚保護エリアの設置
雨季の間、止まっていた魚保護エリア設置について、雨が落ち着いてきたこともあり、今月初めに久しぶりに保護規則を示した看板づくりの話し合いのため、K村に行った。K村では看板のための木材を準備し、JVCはペンキや雨に濡れないようにする屋根用のトタンなどを提供することになった。看板はまだ立っていないものの、村人は5月から保護のための規則を自主的に守り続けている。
6月の会議で規則を決定してから保護エリアがどうなったか状況を尋ねたところ、村長は「ここ数ヶ月の間に規則を破り魚を取った者は一人しかいなかったよ」という。村の規則では、保護エリアで魚を獲った者は誰でも罰金を払わなければならないことになっていたが、この違反者から罰金を取ったのだろうか?と思い、尋ねたところ、「看板がまだ設置されている訳ではないから、警告だけして罰金は取らなかった」との事だった※。雨季がほぼ終了する10月に本格的な看板作りを行うことになった。
(※後日、ラオス人スタッフに確認したところ、「看板がまだ設置されている訳ではないから、罰金は全額は取らずに減額。ちゃんと花やロウソク、お酒を供えて反省の儀式もした」という。村の伝統に則った柔軟な処置が取られたようでした。)
また、新たな動きがN村でも起きている。K村での実施を聞きつけ、N村の村人が自分たちも魚保護エリアの設置をやりたいと言ってきた。ちょうど森の中の林産物資源の調査を実施するために村を訪問する予定があったので、調査をしながら保護したい場所とはどのようなところか聞いてみた。村人はK村同様に爆弾や電気を使用した、川の魚の漁が行われており、このために、魚の減少に困っているとのことだった。こういった収奪型の漁から魚を守りたいという村人の声を聞き、次回、保護する場所の調査を行い、魚保護の設置を行うことを計画している。
森の中の林産物調査(NTFP Survey)
東京大学の研究者に活動村に入ってもらい、森の中の林産物の状況について事前調査を実施することになった。
N村にて3日間、主にタケノコとヤンボンなど、村人によく利用されている林産物を中心に調査した。ヤンボンは「マイボン」という木の皮から出来ており、村人が利用している林産物の中でも特に面白く、かつ、難しいものでもある。タケノコは村人が昔から使ってきたが、ヤンボンはここ2,3年で売れるようになった換金用の林産物で、マイボンの皮を採取して、これを線香の原料としているベトナムの商人に売っている。マイボンは非常に樹高が高くなり、手が届く範囲には数本の枝しかないことから、木の皮を取るために登るには大変危険で、採取のためには伐採しなければならない。村人は木の皮を根っこからも取っているため、根っこも掘り起こしてしまう。このため、自然の森から次第にマイボンの木が消えている。
森に詳しい村人に、林産物について、聞き取りをするベトナムやラオスの両国で広範囲に渡ってマイボンの木は減少しており、木の皮の価格はかなり上がっている。N村のある一人の村人S氏はマイボンの皮を得るために、自分で自然の苗を持ってきて畑に植えだした。さらに彼の植栽を見て他の村人も次第に関心を持ち始め、今ではS氏は他の村人に苗を販売して小規模なビジネスもできるようになった。
JVCでは、ヤンボンを加工している村が隣の県にあるようなので、ヤンボンをただ採取するだけではなく、加工して販売できるか調べてみる予定である。
これがマイボンの木である。赤と白の2種類があるが、これは赤の方。スタッフ入れ替わり
カムアン県における活動から長年に渡ってJVC現場にて活動してきたラオス人スタッフB氏がJVCを去ることになった。すでに10年以上もJVCにて働いており、サワナケート県の活動立ち上げにも協力してくれた。9月半ばにカムアン県にいる家族の元に帰っていった。
そして、森林担当のB氏が抜けたことから、新たに森林法や土地法の研修を行うための森林スタッフを採用することになり、募集を始めている。現在、サワナケート事務所には8月末から会計担当が入り、9月半ばに家畜や養魚の経験がある農業スタッフが新たに入っている。少数民族のブルー語を話すインターンも採用する。