\n"; ?> JVC - ラオスMonthly Report (2009年5月) - ラオスマンスリーレポート

ラオスMonthly Report (2009年5月)

JVCラオス現地代表/農業農村開発担当 平野 将人
2009年6月29日 更新

K村魚保護区設置、保護規則が決定!

これまでお伝えの通り、K村では川での乱獲を防ぐため魚保護区の設置を進めて来ており、モデル地区へのスタディツアーなど実施して、知識やノウハウを得るとともに、士気を高めてきた。今月K村村人は規則を作成、K村の村人に加えて川をはさんだお隣カムアン県の近隣村の村人や郡行政の関係者も招いての会議を実施することとなった。こちらサワナケート県側も、普段からともに仕事している郡農林事務所の行政官だけでなく、郡の法律事務所の行政官や、見学先のモデル地区を担当した行政官も前日からK村入りし、大規模な会議が予定された。

しかしながら、会議前日には近隣村に出向き招待の意向も告げ、準備万端だったのだが、前夜から生憎の大雨となり、川は増水。近隣村の村人と行政官を招くことは断念せざるを得なかった。この点では残念な事態となったが、参加した人々はそれぞれに熱心に討議し、多くの質問や意見も挙がり、それらに基づいて規則に条文が加えられたりした。この規則はのちに近隣村の同意も得て、サインも得た。

説明に聞き入る村人たち説明に聞き入る村人たち

問題はこれをきちんと実行に移せるかどうか。これはモデル地区の行政官の方も強調していたいたし、村人も認識している。実際質問として「村長や村の顔役が規則を破った場合は?」「子どもの場合は責任を取るのは親か?」といった具体的な例が出た。今後は立看板の設置と、設立式に向けてさらに活動を進めていく。

PRA(参加型農村調査)3村で実施

3月末に実施した新規対象村の候補地の視察によって新たに3村が選ばれ、参加型農村調査※を実施。各村で多くの村人を集めて2回に分けて実施された(うち1村では前半部分の1回しか実施できなかったので計5回 )。第1回目は、JVCの紹介に始まり、村の歴史や地図を書いてもらったり、村ではどんな食べ物がいつ頃取れるのか、そしてそれらは減っているのか、増えているか、といったことを話し合ったりしながら、村の特徴、村が抱える問題などを図や表を用いながら明確にしていく。第2回目には、第1回目で出てきた問題点について、解決する必要性の高い順に優先順位をつけて、その問題の原因ともたらす結果を列挙し、やはり図を用いて、各々の原因同士の相関関係も含め話し合った。

今回の対象村の特徴として、みな境界線問題や、企業の土地進出問題を抱えていることと、3村のうち2村は少数民族の村であることが挙げられる。前者については郡の農林事務所と話し合って、JVCの活動の柱の1つであるLFA(土地森林委譲)をはじめとした活動に適した村をピックアップしてもらっているので、なにも驚くには値しないが、少数民族についてはこれで対象5村中3村が少数民族の村ということになった。3月末より少数民族であるスタッフを雇用しており、できるだけ彼らの言語を使うようにしている。ラオ語のできる人も少なくないのだが、やはり食いつきが違うし、また当該スタッフはわりと年配ということもあり、同じ民族の人々の関心と尊敬を集めているようだ。

みなで話し合いながら村の地図を描く(村の資源の地図づくり)みなで話し合いながら村の地図を描く(村の資源の地図づくり)

参加型農村調査とは
PRA(Participatory Rural Appraisal)は主体的参加型農村調査法として東アフリカやインドで始まった。「人びとが自ら評価、分析、計画を行い、自ら行動を起こし、そのモニタリングや評価を行うことができるように考えられた一種のアプローチ、ふるまい、そして方法」(参加型ワークショップ入門(ロバート・チェンバース著、野田直人監訳)明石書店より)


堆肥研修さらに実施、そして気づき

4月23日に本プロジェクト初めての堆肥研修をK村にて実施したが、5月に引き続き実施した。最初の研修で作ったものを20日経過したところで引っくり返すこともしたが、なかなかいい具合に発酵しており、村人の口からも「カーク(いいね、の意)」の声が挙がった。

堆肥研修をきっかけに学んだことが1つ。K村は実は3村が合併した村で、今でもそれらは村内の3つの別々の地区として存在している。家族の数で言うとA地区か半分、そしてB地区とC地区を足して残り半分。従って我々はこれまでA単独とB・Cチームという分類に基づいてワークショップなどの計画を立てることが多く、また拠点はB地区に置き、宿泊もB地区でしていた。しかし前月B地区で実施した堆肥研修に、お葬式でC地区がほとんど参加できなかったことから、今月C地区に出向いて研修を実施したことで、この区分を見直す必要を感じることとなった。B地区はA地区から移住した人を中心にできており、両地区間での血縁関係も濃いのに対し、C地区は距離も離れており、行政区分の都合上一緒になっただけだったのである。我々はこれまで地区の存在は意識しつつも、どこかあくまで同じ村として扱う意識があった。しかし今回の出張研修に対する「やっとCに来てくれたね、Cに泊まってくれたね」という歓迎と研修の盛況ぶりは、村人の意識の中での地区の独立性の高さを我々に認識させた。

これを受けて直感的に「これはA地区にも出向かないと」と感じ、やはり出張版を行ったところ、「Bでやって、Cやったんだから、Aにも来てくれると思ったよ」と言って歓迎してくれ、こちらも盛況だった。村人の機嫌を取りながら手取り足取りやりましょう、という話ではない。しかし村人の考える自分たちの村(地区)の位置づけ、他の村との関係性は、行政区分のみに基づいて類推できるものではない、ということは肝に銘じないといけないだろう。

堆肥研修参加者で記念撮影堆肥研修参加者で記念撮影