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南相馬の仮設住宅では...- 南相馬通信6

震災支援担当/イラク事業担当 谷山 由子
2015年2月12日 更新

実りの秋。今年は、市内の田んぼに昨年より稲穂が多く実っていることだろう。9月は南相馬に行っていないが、光景が目に浮かんでくる。3年ぶりに作付けを再開し、実証田 ※注(1)か試験田※注(2)かという違いはあるにせよ、昨年度に比べ作付面積も増えて農業の復興も少しずつだが歩みを進めつつある。

収穫したコメの全量全袋検査で農家1戸の玄米からセシウムが検出されたというニュースもあったが、きちんとした対策を講じることで、信頼と協力を回復していって欲しい。

南相馬には足を運ばなかったが、JVCと共同で仮設住宅の集会所でのコミュニティ・サロン運営をしている、NPO法人つながっぺ南相馬の理事長の今野さんに福島市に足を運んでもらい、じっくりと話を聞くことができた。といっても、国際協力NGOの協議体が主催した震災・原発事故以降の福島県での支援活動を振り返るワークショップでのディスカッションの中でことなので、いつもとは違う角度から他の参加者の話も聞きながら過去3年を振り返ることになった。

震災のあった当時、参加者それぞれがどんな体験をし、支援につなげていったのかを思い起こすことから始まったワークショップは、議論が白熱し1日では収まりきらないほどの課題や対策で膨れあがった。その中で以外に思ったのは、原発の事故が支援の足かせになったという声があまり聞かれなかったことだ。

30名近い参加者の半数以上が地元のNPOや社会福祉協議会、個人ボランティアの方だったこともあり、震災直後の避難所での混乱や組織運営の難しさ、支援者とのトラブルなど現在も尾を引き続いているようすが伝わってきた。原発事故による足かせ、いわゆる放射線による健康被害を気にしながらの支援活動にこだわったのは外から入った団体だけで、そこに暮らしている人たちはそんなことは言っていられなかったのだ。

そして今、支援の傍らで『棄民となりつつある 13000人の南相馬市小高区の住民』※注(3)"と言わせてしまう現実がある。南相馬から参加した今野さんに代表される、避難している人たちの声に耳を傾けた支援や復興は、まだ十分に届いていない。

※注(1) 原発から20km圏外の田んぼで、収穫されたコメは全袋検査の結果、基準値を下回ればJAなどに出荷でき、自家保有米として保管することも可能。

※注(2) 原発から20km圏内の旧警戒区域の田んぼで、各所で10アールごとの試験田を設け、栽培したコメは放射性物質を検査するコメを除きほ場の土壌に戻す。

※注(3) つながっぺ南相馬の理事長のツイッター(2013年7月30日)より

本稿は雑誌『オルタ』2013年11月号に掲載された記事を再編集したものです。記載されている状況や情報は、現在と異なる場合がございます。ご了承ください。