
ムスタファ君の誕生日会。
ケーキにはたった9本のろうそくがたてられた。
9回目の誕生日。
でもそれは9回目の手術でも会ったのだ。
9歳になったばかりの少年が担う「戦争」はあまりにも重い。
ムスタファ君の遊び
ムスタファ君は優しい子だ。彼が描いてくれたのは「ブランコのある風景」。いつも、海があって、山があって、そして太陽がある。決して戦争の絵を描きたがらなかった。
対照的なのはいとこのルイス君(12歳)。アメリカの戦闘機を巧みに描いた。地面には撃たれて血を流す人がいる。
「お願い!アメリカ軍、出て行って!」
「ムスタファ君の足が治りますように」
と怒りをぶちまける。
でもムスタファ君の遊びは時として乱暴だ。妹のスースーちゃんの着せ替え人形を使って、戦闘シーンを再現する。
「さあ、やっつけてやるぞ」
イラク製や中国製の人形は簡単に手足が取れてしまう。
「手が取れたぞ。さあ、お医者さんに行こう」
「足が取れたぞ。大丈夫、お医者さんが治してあげる」
ムスタファ君は一人でそういった遊びを繰り返す。取ってはつけ、つけては取る。まるで自分の運命を人形で占っているようだ。しまいには、スースーちゃんも自分の大切な人形が壊されるのではないかと、怒りをムスタファにぶちまける有様だった。
父のエマッドさんは、米軍が配っている新聞を見せて怒る。
「米軍とイラクの子どもが仲良く写っている写真をこうやって新聞に使う。この子どもたちは何も知らずに米軍が珍しくて近寄っていくだけだ。
確かに病院に米兵がやってきて『早く治るといいね』と言ってくれたが、何もしてくれない。そればかりか、電気もなく、水もなく、この暑さでムスタファは弱っていく」
日本で息子を治療して欲しい。イマッドさんは日本へ行けばムスタファ君は治るものと信じているのだ。
9回目の手術

日本から集まったお金でムスタファ君をヨルダンに連れ出して手術することになった。
8月25日、土井さんは無事に陸路でムスタファ君をヨルダンに連れてくることに成功した。ちょうど一ヶ月ぶりに、ムスタファ君と父のエマッドさんに再会した。アンマンは気候が良く、長旅にもかかわらず、ムスタファ君は元気だった。
しかし、あくる日、ホテルに訪ねていくと、ムスタファ君はベッドで寝ていて口を聞こうともしてくれなかった。あれからいきなり手術が始まったそうで、ムスタファ君は心の準備ができていなくて大暴れだそうだった。それでも、破片は取り除かれ、足は切断を免れた。場合によっては歩けるようになるかもしれないとのことだった。
9歳の誕生日
8月29日、みんなでムスタファ君の9歳の誕生日会をやろうということになった。車椅子も買ったので、屋外でのパーティだ。
「僕、お医者さんが手術しようとしているのすぐわかったよ。だって何回も手術しているんだもの。麻酔を打つときは必ず手術するんだから。それで、いやだって泣いたんだ。」
ずいぶん元気になったけれど、まだ疲れ気味で口数が少ない。
ケーキにはたった9本の蝋燭が立ててある。それを一生懸命吹いて消していくムスタファ君。そう、たった9歳の少年がおわされた苦悩はあまりにも大きい。
テロとの戦争は片っ端から殺していくというやり方。戦争をやっている大人たちに実感はない。トランプのつもりだ。しかもこのギャンブルには数十億円が懸賞金として支払われる。(アメリカは逮捕すべきイラク人をトランプにした。サダム逮捕に協力したら36億円がもらえる)こんな金があるなら、戦争で怪我をした人達の治療に当てれば良いのにと思ってしまう。たとえばムスタファ君のような少年が怨みを暴力に変えないようにしようと思ったらどうすればいいかということだ。
空には轟音とともにヘリコプターが二機、連なって飛んできた。ムスタファ君の顔がゆがむ。
「心配するな、ヨルダンのヘリコプターだよ。アメリカじゃないよ」
とお父さんが安心させようとする。
日が落ちてまもなくすると、今度は爆音が鳴り響いた。
ムスタファ君の顔がゆがむ。イラクにいるような錯覚だ。
何がおきたのかと思いきや、花火が夜空に光り輝いた。
「こんなすてきな誕生日は生まれて初めてだよ」
ムスタファは微笑んだ。