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サドルシティを行く

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2003年7月24日 更新

友人の文化省の役人のネダさんは、声を荒げて、
「こんなひどい状況は見たことがない」と騒いでいた。
「もう涙が止まらなかったわ」と言う。

サドル・シティを車で行く。市が立ち、人々でごったがえしている。汚水が道路に溢れている。しかし、サドル・シティのさらに奥のほうに チェチェン地区と呼ばれている貧民街があるのだ。

サダム政権下で迫害された人達が最終的に流れ着くところのようで、周辺の住民は辺境のならず者たちが住むところ、という意味を込めてチェチェンと呼んでいる。サダム政権下では、外国人が近づくことは許されず、取材もできなかったようだ。

実際とてもバグダッド市内とは思えない。
バスラの近くの湿地帯で生活していたマーシュ族は独特の水上生活を送っていたが、湾岸戦争後の3月蜂起でサダム政権に反旗を翻すと迫害の対象となった。水が止められて湿地帯が干上がりイランに難民として避難したり、国内避難民としてちりちりばらばらになった。

水を運ぶ子どもたち水を運ぶ子どもたち

池には汚水が流れ込んでいる。ロバの死骸が浮かんでいる横では子どもたちが水浴びをしている。次々とバケツやポリ容器を持って水を汲みに来る人達がいる。こんな川から水を汲んで生活用水に使っているのだ。我々が訪れると、
「水がない!電気もない。何とかしてくれ」と住民が群がってくる。

ある地域では、イスラム教シーア派神学校の組織、アル・ハウザが給水サービスを行っていると聞いた。
モハーザウィさん(53歳)は、1991年に逃げてきた。湾岸戦争後の3月蜂起の後、サダム政権のシーア派に対する嫌がらせが強くなったからだ。
「イラクは民主的な国家であるべきだ。イスラム教徒もキリスト教徒でも、大統領はみんなから選ばれないといけない」

サダム政権が崩壊すると アル・ハウザの福祉活動が活発に行われるようになった。
「選挙をやるならアル・ハウザに入れるよ」
と言う。イスラムの教えにのっとり、貧困地区で支持を得ているようだ。

一方INC(イラク国民会議)も負けていない。この地域で福祉活動を行おうと動き出している。しかし、いずれも住民たちのニーズにこたえる余裕はない。貧民街に住むのはバグダッド人口の約半数。極貧地区にかまっている余裕はなかなか無いのが現状だ。