イラクの夏はまだまだ始まったばかりである。それでも朝には少しは心地よい風が吹くようになった。金曜日は休日なので、早朝は人通りも少ない。しかしガソリン不足が昨日辺りから始まって、早朝からガソリンスタンドに向かって車の列が続く。
私たちはシンドバッド子どもクラブへ行き、守衛のアリさんから息子のムハンマッドさんが殺されたときの話を聞いた。
「ムハンマッドは1987年生まれです。
よく出来た子でなんでもてつだってくれた。勉強も良く出来ました。中学校に行きながらシンドバッドクラブを守っていました。戦争中も戦後もここを守っていましたが、武器を持って盗賊がやってくるようになりました。
5月17日のことでしたが、壁を乗り越えて盗賊が入ってこようとしたのです。これは大変だと思い、近くにいたアメリカ軍に助けを求めました。アメリカ兵も壁を乗り越えて略奪者を追い出そうとしました。結局アメリカ軍に盗賊は追い払われました。
ところが5月27日、盗賊たちが復讐にやってきました。そのときは私たちは、ムハンマッドに留守をお願いして、外に出かけていたのですが、午後の4時に戻ってくると彼の靴が庭のガソリンタンクの前に落ちていました。中を覗くとムハンマッドがガソリンの中で溺れ死んでいたのです。」
今ではアリさん一人が、シンドバッドクラブに泊まり込んでいる。危険なので、家族は実家に預けている。今日は私に会いにハイダル君(10歳)とハディールさん(13歳)もシンドバッド子どもクラブに来てくれた。
ハディールさんは喪服に身を包んでいた。今までも何度も絵を描いてくれた子どもたちである。(ハディールさん、ハイダル君の絵は「子どもたちのイラク」にも収録した)
アリさんによれば最近はすっかりふさぎこんでしまい、ほとんど口を利かなくなっしまったという。
「人が来たら普通に受け答えはしますが、それだけです」
ハディールさんは特にひどかった。私たちが話しかけてもほとんど反応しないのだ。
ハディールさんとひまわりハイダル君は、にこやかに微笑んでくれた。
絵を描いてもらうとアメリカ兵の絵を描いた。日本と、アメリカの国旗が描いてあった。
ハイダル君はいつも、イラクの国旗と日本の国旗を描いてくれたのに今度だけは違った。
お父さんは「イラクの国旗を描きなさい」と言う。
ハイダル君が一生懸命描こうと試みるが思い出せない。そんなことってあるのだろうか。今までいやというほど描いてきた国旗を忘れてしまっている。一見、平然と装っていても、相当なストレスの中で子どもたちが暮らしているのがわかる。
ハイダル君はイラクがこれだけめちゃくちゃになってしまったことに愛想が尽きたようだった。
アリさんは、やはりこの戦争が許せなかった。今は頼れるものはアメリカしかないが、もし戦争が無ければムハンマッド君もこんな形で死んでいくことは無かったはずだ。憎しみを一体どこへ向ければ良いのか。
「ムハンマッドはただここを守っていただけで殺された。こんなことが許されて良いのか。
息子の死を無駄にしたくない。一日もはやくシンドバッド子どもクラブを立て直したい」
アリさんは「あなた方が来てくれたことに感謝します。こうやって悲しみを分かち合ってくださったことを決して忘れません。」と語った。
ハイダル君が描いたアメリカ兵の絵