4月9日、あわただしい一日が過ぎていく。
朝、ダウンタウンに買い物に行く。時計屋をのぞいていると、
「バグダッドで、くたばれサダムと騒いでいる」
と駆け込んできた人がいた。店長もあわてて、
「それはCNNか?アルジャジーラか」
「確認してくる」
仕事が手につかないという感じだ。しばらくするとまた同じ人がニュースを伝えに来る。
「やっぱりアルジャジーラだ。本当かもしれない」
緊張した面持ちだ。
イラク料理を食べる親子。その後イラク料理を食べることにした。レジでは携帯電話を一生懸命見ている。
「サダムがシリアに逃げたぞ」
という。最近は、携帯電話にニュースを流すサービスも充実している。
イラク料理は安い。イラクから出稼ぎに来ている労働者でにぎわう。彼らはほとんど隣り合わせた客と言葉も交わさず、ご飯が炊けるのを待っている。
「家族をバグダッドに残してきた。心配だ」
と語る中年男性は、テレビやラジオの修理をやって稼いでいる。子ども5人はすべて女の子。一番上が7歳で下の子は1歳半だという。
「バグダッドの郊外で、農村だからそれほど攻撃されてないと聞いている」
家族をこちらに呼び寄せないのかと聞くと、
「私はイラク人だ。できるなら早くイラクに戻りたい」
という。
CNNはさらに歓喜する群集を映し出し、サダム・フセインの銅像が次々と倒されていく。これはいったいどういうことなのだろう。
昨日は、バグダッドに激しい爆撃があり、数人の外国人ジャーナリストも巻き込まれた。ヨルダン・タイムスの記者も殺されたために、ヨルダン人の間でも反戦の機運が高まる。
それがどうだろう。たった一日で、イラク人はサダム・フセインの肖像画を破り捨て、スリッパでたたきつける。アメリカ兵と握手したり、アメリカ兵と一緒になってサダム・フセインの銅像を破壊しているのだ。踊りまくる人々。戦争は終わったのだろうか?
ヨルダン人のタクシードライバーは、
「俺はサダムが好きだ。あの映像はうそだ。多くのイラク人やアラブ人がサダムのために戦うといってイラクに入った。アメリカはアラブ人の子どもをあんなふうに殺しているのに」
とやるせない。
夜、イラク食堂に行った。
「サダムは終わった?」
「ああ、終わったよ」
多くのイラク人がご飯の炊けるのを待っている。昼間よりは若干楽しそうに会話を交わしている。かといって、歓喜するわけでもない。まるで他人事のように冷静だ。結局その日は、イラク料理を一日二回も食べてしまった。