米英によるイラク攻撃が始まってから、カリタス・クリニックは途端に静かになった。イラク人のスタッフたちは、故郷に残してきた家族や大切な人のことを思い、気が気でならないし、パレスチナ人やヨルダン人のスタッフもそれを知っているから、みんなさりげなくねぎらいの言葉をかけたりしている。
19歳の秘書のリタは、本格的なイラク攻撃が開始された20日には、「バクダットにいる婚約者と連絡がつかない。」と、涙も枯れた、といった様子でいつもの美しい口紅もひいていなかった。しかし、今日になってみると「昨日、彼と電話で連絡が取れた。何も心配しなくていいと言ってくれた。」と、ピンクの口紅が美しくひかれた口元に控えめな笑みがこぼれている。
住み込みお手伝いさんのレイラも元気がない。両親をバクダットに残してきており、今日になっても連絡がつかないと言う。そんなレイラに、笑顔が戻った瞬間があった。JVCがイラクに持って行くはずだった、日本の子どもたちが描いてくれた自画像の展示会をクリニックの待合室でやろう、ということになって、準備をしていたときだ。
「なにそれ?」
興味しんしん、準備している私たちのところにレイラがやって来る。
「日本の子どもたちがイラクの子どもたちを励ますために描いてくれたの。」
と説明したら、”にこっ”とレイラは笑った。そして、
「日本の子どもはみんな笑っているね。」
と自画像を手に取りながら、レイラは、ぽそっと私の目を見て言った。確かに、みんなの絵は明るく、笑顔が基本、といった感じに元気いっぱいなのだ。
青い羽のアリ君レイラの子どもの6歳のアリ君にも自画像を描いてもらった。青いペンで、天使のような羽がついた、にこにこした自分を描いている。どこかに自由にとんでいってしまいそうな、くるくる大きな目をしたアリ君の姿だ。アリ君の絵が、日本の子どもたちの自画像と共に、カリタスのクリニックに並べられた。レイラはそれを見て、さらに「にこにこ」している。一方で、そんなレイラの「にこにこ」に、沈みがちなこちらの気持ちも励まされる。そしてレイラが――多くのイラクの人々が――心の底から笑える日が、一日でも一瞬でも早く来ますように、と願わずにはいられなかった。