アンマンからバクダットへ向かうタクシーの乗り場がある。イラクナンバーの1970年代の白いシボレーにオレンジ色でペイントされたタクシーが停留している。運転手たちは、バクダットへ向うお客さんを待っている。強風のなか、閑散としていたタクシー乗り場だったが、そのうちバクダットを目指す人々が次々とやって来た。
40歳にしては貫禄たっぷり、黒いチャドルを身にまとったレイラさんは、バクダットに帰るのだ、といってまだ小学生くらいの2人の息子と、赤ちゃんを抱いた娘夫婦を連れて、たくさんの荷物と共に、いそいそとタクシー乗り場にやって来た。ヨルダン人の夫に嫁いだ23歳の娘さんは、生後36日の女の子の赤ちゃんを大切そうに胸に抱きながら、レイラさんの見送りにやって来たのだ。
バクダットになんでこの時期に帰るのか、アメリカの攻撃は怖くないのか。そんな素朴で少しばかげた質問をレイラさんに投げかけた。
「アメリカこそが問題よ。アメリカよりも私たちの意志がはるかに強い。すべては神様が決めること。」
と、「ふんっ」といった感じに鼻息を荒くしながら答えてくれた。レイラさんは、アンマンにいる娘が妊娠・お産をするのでバクダットから彼女の面倒を見るためにアンマンに滞在していたという。見送りに来た娘の夫が、レイラさんの大きな荷物をシボレーに積み終えたところで、
「レイラは、バクダットに帰ったらイラク兵のためにパンを焼くのだよ。」
とパンをこねる仕草をわざと大きくしてみせて、まわりのイラク人たちを笑わせた。
みんながそんな笑いの渦にあった時、レイラさんの娘さんは、赤ちゃんを抱きながら車の中でひとり静かに泣いていた。止まらない涙を手のひらで必死にぬぐっているように見えた。強くてあたたかい母親、レイラさんとのお別れ、母親の帰郷するバクダットは戦火にまみれるかもしれないのだ。
車のなかで涙を流す娘の姿に気がついたレイラさんは、車に乗り込み娘の隣に座った。ふたりは頬のキスを何度も繰り返している。
「ヤッラー、バクダット、ヤッラー、バクダット(バクダットに行くぞ、バクダット行くぞ)!」
タクシー運転手の客引きのための大きなかけ声が、いつまでも砂の舞う強風の空の下に響いていた。
この子たちもバグダッドに行くのだろうか