4月27日、対象地域住民11
名(小農男女)により、プロサバンナ事業に対してJICA環境社会配慮ガイドラインに基づく異議申立が提出された。いま私たちは何を考える必要があるのだろうか。
今回は、活動地に暮らす人々へ向ける渡辺の視線が「転換」した経験を提示する。一見モノローグのようにも読めるこの出来事は、「国際支援」というものが生み出す人と人との関係性への問題提起にもなっている。
「喜び」や「誇り」から始まる世界の仕組みを
JVCに来た当時、自分にはそれなりにやりたいことがあった(はずだった)。しかし、南アフリカの活動地を訪問して同国のあまりに激しい格差を目の当たりにした瞬間、自分がいったいどんな社会・世界を目指していたのかまったくわからなくなった。
それでも、南アフリカの人たちにたくさんのことを教えてもらい、それを支えに今まで活動を続けてくることができた。例えば、かつて東ケープ州の農村部で行っていた環境保全型農業の普及プロジェクトの評価として研修参加者たちにインタビューした時のこと。収量や生活面、支出の減少などの変化を確認していた私たちに、研修開始当初、夫を亡くしシングルマザーとなり、子どもを抱えて途方にくれていたというシロワネさんがこう言った。
「ここにあるものを使い、自分の手を使って工夫をすることで、目の前の、何もなかった土から、いま自分は家族を支える食べ物を作り出すことができる。
"I became a human."=わたしは人間になれたのよ」
他の人からも「自信や尊厳を取り戻した」という声が聞かれ、人の内面がこのように変わるのかと感動した。その一方で、せっかく作った農作物も近所に売り先はなく、生活は苦しいままではないのか、この活動の先をどう考えたらいいのだろう...そんな風にも考えていた。
それから間もなくして、南アフリカの人たちのささやかな営みがもつ「価値」を実感する機会が訪れた。2008年の世界的な食料価格高騰時、シロワネさんら農民たちは「影響?そんなにないよ。畑に食べものがあるし。子どもたちも元気にしているわ」と涼しい顔をしていた。同じ頃、訪問した隣国ジンバブウェでは6億%超というハイパーインフレが生じ、紙幣が紙くず同然となる事態となっていた(注1)。しかし地域の小さなマーケットでは、人々が自分たちで(スーパーの価格とは異なる)モノの価格を決めながら、お金とモノとを循環させている様子を垣間見ることができた。
これらの経験は、大きな経済/市場から「切り離されている」からこそ持つ強さ、暮らしの中で「自分の手でコントロール」できる部分を広げていくことがもつ可能性を教えてくれた。私たちを取り巻く経済・社会構造は所与のものではない。むしろシロワネさんらが農業において感じる楽しさや喜び、誇りを所与のものとし、それが当たり前に続くように「仕組みの側」を変えればいい、そういう社会を一緒に作っていけばいいのではないか。そこから私にとってJVCの活動は、「貧困削減」ではなく、現地の人たちと一緒に新しい社会=新たな価値を創出するための「社会変革」へと変わっていった。JVC入職当時に抱いた「どんな社会を目指したらいいのか」の問いに対する答えなどそもそもなかったのであって、実践を通じて現地の人たちと一緒に考え、作っていくしかなかったのだ、と気がついた。自分の中で、活動地の人たちが支援の対象という「客体」ではなく、一緒に社会を作る仲間という「主体」に変わった瞬間だった。
この経験があったからこそ、12年にモザンビークの小農たちが、環境と共存した農業を行う自分たちを「地球の守護者」と呼び、その実践に基づいた発展を求めていきたいとして、プロサバンナ事業に異議を唱えたとき、私には小農たちが言う意味が心に落ちた。
「主権に基づいた発展」を実践で示す
それから4年半、小農たちとともに政策転換を訴えてきたが、残念ながら、この4月、現地の小農らにより、同事業への異議申し立てがなされる事態となった(注2)。小農らが訴えてきたのは「自分たちの声を聞くための真の対話の場を」の一点につきる。これに対しJICAは、小農は「貧しく、自分たちが変えてあげる対象」という姿勢を崩さなかった。
確かに「社会変革」を目指したところで、膨大な時間がかかることは容易に想定できる。しかし、世界は少しずつ変わりつつもある。例えば、国連人権理事会で現在議論されている「農民と農村労働者の権利」宣言では、「Dignity(尊厳)」や「Sovereignty(主権)」が権利=所与のものとして謳われている(注3)。
昨年、モザンビークの小農たちに「そろそろ(抵抗運動だけではなく)自分たちの農業、そして主権に基づいた発展を実践で示していきたい。一緒に考えてくれないか」と請われた。「自分のためではなく、次の世代のために闘っている」とさらりと言ってのける小農たちを信じて、来年あたり、何とか小さな一歩を踏み出せればと考えている。
※注(1)2000年に同国政府が導入した白人所有大農場の強制収用政策により国内が混乱、ハイパーインフレが起こる事態となった。
※注(2)JICAサイトより(http://ngo-jvc.info/2tlA0Sm)。50ページにわたる異議申し立ての日本語訳が掲載されている。
※注(3)国連人権理事会サイトより(http://ngo-jvc.info/2t9P1eE)、 ヴィア・カンペシーナ ヨーロッパより(http://ngo-jvc. info/2tlZuyR)、FIAN Internationalサイトより(http://ngo-jvc.info/2tPcdxG)