ODAのプロサバンナ事業に関する連載。7回目の今回は、前回で紹介したアグロ・フード・レジームの変化に関連して、その背景にある食と農をめぐる国際的な政治状況についてお伝えする。(編集部)
食と農を揺るがす変化
これまで、プロサバンナ事業が現地農民(特に小規模農家)に与える影響を中心に語ってきた。今回は、国際的なマクロな視点からプロサバンナ事業を考察してみたい。プロサバンナは、食と農のあり方を大きく変化させることに「棹差す」ために始められた事業である。これを「アグロ・フード・レジームの再編」と呼ぶ研究者もいる※注(1)。日本政府は、このレジーム・チェンジに積極的に関与することで、この分野でのリーダーシップを発揮し、その経済的メリットも享受したいと考えているのだ。ならば、私たちもその背景も知っておく必要がある。
アグロ・フード・レジームという名の支配構造
国家にとって、食料安全保障は優先度の高い政策課題のひとつであり、国内生産を基軸に、輸入や備蓄政策を組み合わせる。農業と食料の国際的分業体制ができるのは十九世紀後半、植民地主義時代からである(第一次フード・レジーム)。その後、二つの大戦を経て、農業・食料の多国籍企業が重商主義的貿易政策の庇護の下、急成長した(第二次フード・レジーム)。そして現在、これら多国籍企業は農業・食料生産だけでなく、生産より川上の種子や農業資材の販売から、生産後の食品加工から輸送、小売りまで一連のサプライチェーンを押さえるようになった。その拡大化は金融からインフラ整備など「異業種」までを射程に入れている。ひと握りの一大企業体による、農と食の独占化時代が生まれつつある。
他方、国際政治の場においてもリーダーシップを得るためには、いかに自国に都合の良い体制を他国よりも先んじて国際標準にするかにある。アグロ・フード・レジームの場合、その先陣争いが行なわれている場所がまさしくアフリカだ。そして、その競争を官民連携で勝ち取るために、ODAが「ツール」として立ち上がってくる。外務省にとってみれば「昔取った杵柄」、簡単な連立方程式を解くようなものだっただろう。しかし、そこに過信と油断があった。市民社会の台頭と「農民」という変数を入れ忘れたことだ。
見えてくる日本の思惑
昨今、海外資本が農地用に大規模土地集積を積極的に行ない始めた背景には、〇八年後も続いた食料価格高騰があった。主要な食料は高値を維持し続け、穀物の主要四品目は〇五年の二~三倍にもなった。こうした中、〇九年のG8ラクイラ・サミットでの共同声明を経て、二〇一二年に食料安全保障及び栄養のための新しい枠組み※注(2)が合意された。この枠組みは流行言葉も使って「持続可能な農業開発」と謳われているものの、実際には先進八ヵ国の合意による、穀物メジャー、バイオメジャー、食品メジャーなど多国籍企業のための「投資環境整備」という側面が強い。その枠組みが対象とする六ヵ国の中に、モザンビークがある。
こうした動きに対して完全に後手を踏んだ日本政府だが、その巻き返しとして画策したのが、日本からの協力で進めた一大農業開発、「ブラジル・セラード開発」の活用だ。ブラジルを新パートナーとしつつ、すでに先陣を切っている欧米の多国籍企業体への対抗軸を打ち立てようとしているのだ。そして、日本が作成に深く関与した『責任ある農業投資原則』※注(3)の具体的適用を図ることで、国際的な投資環境整備におけるイニシアチブをとろうと考えたのだろう。しかし、そこに大きな誤算があったことは、現地農民の抵抗や私たちの活動に示されている。
農や自然は計算しきれない
外務省との意見交換会で、担当課長は繰り返し「同じ日本人として足を引っ張るのは如何なものか」と言っていた。確かに、政府の思惑は「農民」という変数を入れ忘れたことで軌道修正を迫られている。しかし、問題の本質は単なる「計算ミス」ではない。もっと根本的な過ちがある。それは、農や食が自然の上に成り立っている営みという認識だ。私たち人間は、自然の循環が与えてくれる恵みを享受するだけなのであり、自然をコントロールしきれると考えること自体が過ちなのだ。食の権利に関する国連特別報告者であるオリビエ・デシューターは次のように言っている。「私たちは、世界の飢餓問題に対して、生産(量の増加)という視点だけではなく、周縁化、格差拡大、社会的正義の観点から取り組む必要がある。私たちは、歴史上かつてないほどの食料を生産しながら、かつてないほどの飢餓人口を生み出す世界に生きているのだ。」(〇九年FAO会議)
今一度、政府や企業関係者に考えてもらいたい言葉である。
※注(1)第63 回地域農林経済学会大会での池上甲一氏の講演。http://a-rafe.org/70/3
※注(2)< href="http://ngo-jvc.info/QcjUHj">「ファクト・シート:食料安全保障及び栄養に関するG8 の行動」(外務省サイト)
