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ラオスは一時、仏印処理で日本領となりましたが、半年あまりの占領だったため現地の人たちの印象はあまりないようです。
これに対し内戦時のアメリカの印象はかなり強いようです。なによりも激しい空爆が人々の脳裏に焼き付きました。その爆撃で家族を亡くされた恨みもあります。
アメリカの介入により政情も悪化しました。当時を知る人は口々に「アメリカが来てから世の中が悪くなった。」と言います。
アメリカはラオスにかなりの金をバラ巻いたようで、そのためインフレは進み、政治は汚職にまみれ反米感情が高まる一方でした。それはラオス主要道路をアメリカ人が嫌う数字だということで13号線にしたという、ちょっとやりすぎな所からも想像はできます。
しかし革命からすでに30年近く。戦争を知らない世代が増えてきました。つい最近のニュースですが、ラオスとアメリカは通商協定を締結しました。日本でいう「もはや戦後ではない」といった状況がラオスにもきているのかもしれません。
しかし空爆や不発弾で被爆した遺族たちは、日本の東京大空襲や広島・長崎の原爆と同じ思いだという事には変わりありません。
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