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ベトナム戦争の時、ラオスが最も空爆の被害を受けたのはあまり知られていません。
『北爆』と呼ばれたアメリカ軍の空爆はラオス北東部を中心に約300万トン落としたという説があります。これは当時ラオス全人口一人につき約1トンもの爆弾が落とされたという計算です。
アメリカがラオスに北爆をしたのは、ラオス協定を破って北ベトナム軍がラオスに軍を送ったという情報が入ったのが一つの発端です。
ラオス領内のホーチミン・ルートを攻撃し、パテート・ラオ軍(ラオス愛国戦線)の本拠地があるジャール平原を攻撃しました。当時、ジャール平原の制圧はラオスを制するとまでいわれ、事実ここにフランスの要塞が陥落して撤退した前例があったからです。
ラオスのみならずアメリカがベトナム戦争で使用した空爆の量は第二次世界大戦で使われた全ての量をはるかに上回るとまでいわれています。
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不発弾をフェンスにして並べている。北東部のシェンクアンではこの様な光景が多く見られる。(写真=JVCラオス) |
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